展示室の出口付近には、エッツィの復元人形が立っている。顔や手には、骨格から予想される筋肉や皮膚を付けてあり、生きているエッツィが今にも話し出しそうだ。私は長年の夢をかなえた至福の時間を過ごすことができたのである。

考古学博物館を出て、昼下がりのボルツァーノの街を駅に向かって歩いていると、犬を連れて散歩している家族が目の前を歩いていた。夫婦と子供の三人連れである。

直立の姿勢でスムースに足を交互に運んで歩いている大人たち、直立した姿勢を前後左右に揺らしながら走り回る子供、その一方で、飼い犬が四つ足で子供にじゃれて動き回っている。

エッツィを見た後なので、いつも見慣れている風景が違った角度から印象深く見えた。多くの哺乳動物は四つ足で歩行しており、たとえ直立できる動物でもその姿勢でスムースに長時間は動くことができない。

一方、人間だけが特別な存在で、大変むつかしい直立二足歩行が容易にできる動物であることを改めて強く感じたことを覚えている。

そして、駅前の広場にいる多くの人々が、直立している柱の群像のように思えた。一番びっくりしたのは、三人連れの家族の向こう側に復元されたあのエッツィにそっくりの人が笑って立っていたことである。

ボルツアーノ訪問後も至福の時間の記憶はたびたび蘇り、エッツィや人々の真っ直ぐな直立した形、人々の生活を支えた繊維材料の数々を思い浮かべていると、これらがすべて「細くて長い形」で共通していることに思い至った。

「細くて長い形の文化」の始まりが見えた瞬間であった。

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