おしるこ

お天気の良い休日に、遅い朝食をのんびり摂りながら「今日はお天気が良くて家にいるのは勿体ないくらいね。何処かお出かけする?」と夫と話し本日のお休みはドライブと決定した。

いくらお天気が良く気持ち良い日でも、当てもなくドライブをする訳にはいかないので、行き先を何処にしようかと話した。

何日か前にテレビで見た、葛飾北斎の事を取り上げた番組を思い出した。北斎が晩年に1年かけて描いた傑作が、小布施の「岩松院」の天井に描かれているということである。

何年も前の事だが同じ小布施にある、北斎館で「北斎の一生」というスライドを見た事を思い出した。

90歳で他界した時に「天が後5年いや10年、命を与えてくれたなら、私は本当の絵描きになる事ができたであろう」と言ってこの世を去って行ったそうだ。

3万点もの作品を描き続けた上に、その時代の平均寿命は長くても50歳程度だったという。普通で言えばもう充分な大往生ではないかと思う。だが北斎は好きな事を仕事にし、最期まで新しい表現を追い求める芸術家であったからこそ、時間がいくらあっても足りなかったのであろう。

1時間ほどで、目的の岩松院に到着した。

その岩松院の天井絵を見上げた時、何とも言えない緊張感のようなものが私の身体に走った。案内の方の十数分の説明によると、この絵は「八方睨み鳳凰図」というように何処から見ても、鳳凰の睨む目が見えるという作品だということである。

圧巻の作品は北斎の魂、芸術家としての執念、思い、言葉では表現できないものを感じた。

暖かい日ではあったが、作品が傷むのを考えてのことなのか暖房のない岩松院の床は、とっても冷たく寒かった。又空気も凛と感じられ、身体の芯から冷えてしまい30分ほどでお寺を後にした。

車で移動しながら、どこかで軽いランチを摂ろうかと探した。小布施名物の温かい栗ぜんざいやお汁粉が食べられるお店が見つかり入った。冷えた身体には、店で出された温かいお絞りさえも有り難かった。

二人共身体もお腹も温かくなり、幸せな気持ちで帰路についた。

暫く走らせた車の中で夫は私に「黙っているから眠っているのかと思ったら起きているんだ」と話しかけてきた。

「私だって寝てなくても、たまには黙ってることだってあるわよ」と言い返した。

私は昔の父のことを思い出していた。軍人あがりの父は、いつも私には優しくて、強い父であった。

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