「え? 百パイサ!」僕は驚きの声を上げた。確か、今頃の林檎の値段は十パイサぐらいのはずだ。

「そんなあくどい商売をしていると、神様の罰を受けてしまうよ」

「神様から罰を受けるだって、とぼけたことを言うんじゃないよ!」目の前にいる林檎売りの女性の顔が険しくなった。

「僕は神の化身と呼ばれるavatar(アバター)だよ」

相手の剣幕に負けそうになったが、咄嗟に思いついた言葉を言った。信心深いヒンドゥー教徒には効果がありそうな気がしたからだ。

黄色いサリーの下にたっぷりと肉をまとった女性の態度は、想像していたものとは全く違っていた。

「ハハハ! ハハハ! avatarだって?」

彼女は突然大きな声で笑い出すと、両隣の女性に早口のヒンディー語で僕とのやり取りを伝えたようだ。物売りの女性達は、それを聞いて大笑いをしている。

周りを見ると、物見高い人達が多く集まってきていた。大声を上げて互いに何かを言いながら、僕達を眺めている。訳の分からないヒンディー語が、僕に対する嘲笑のように聞こえる。

林檎売りの女性はしばらく笑った後、真顔で「チャロ! チャロ!」と言って、インド人が犬や猫を追い払う時にする仕草をした。「お前みたいな嘘つきに売る林檎はないよ。百パイサで買わないのなら、さっさと帰っておくれ」

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