あわら温泉物語

頭取の林が高志を気遣いながら話しだす。

「わが福井銀行は、全国の地銀の中でも珍しく、民間がお金を出し合って生まれた銀行です。だからこそ当行の企業理念は、地域産業の育成と発展ですし、とりわけあわら温泉は県内唯一の本格温泉地として、その灯(ひ)を守り抜くことを第一義としてきました」

「それについては、皆、感謝しております」と高志は礼を述べると、林は続ける。

「これまで私たちは、本来銀行が営利企業として追うべき目先の利益は後回しにして、温泉の育成と発展に主眼を置いて来ました。これは大変特異なスタンスといわれても仕方ありませんが、これが福井銀行の企業理念なんです」

林の言葉に、高志は深く頷いた。

「茜屋さんは、あわら温泉のシンボル的存在ですから、当行としても今回のことは深く慮 (おもんばか) っております。ただ再建するとなれば、それは社長の代だけでは済まないことになります。相当の覚悟を持たないと到底成し遂げることはできないでしょう。そこで、単刀直入にお聞きします」

林のメガネの奥の目が一層真剣味を増す。

「沖村社長は、再建についてはどのようにお考えでしょうか?」

高志は、待ち構えていたかのように間髪入れずに答えた。

「はい。私たちは、必ず茜屋を再建いたします。福井銀行さんには、どうかそれをご支援いただきたい!」

高志は深々と頭を下げた。机上にある高志の拳は爪の跡が付くほどに固く握り締められている。