「え! そうなんですか! 素敵ですね」

史は聡一郎と過ごす時間が楽しければ楽しい程、レストランで時折見せた知之の遠い目が、脳裏に浮かんでは消え、他の男性と過ごすうしろめたさがあった。

しかし、聡一郎と会うと吸収できることが沢山ある、そして一緒にいてとても心地よいとも感じていた。

「池田さん、今度一緒に食事に行きませんか?」

快活な聡一郎の言葉は、一瞬にして史のもやもやした気持ちをかき消した。

〈今回も直球の誘いね〉

一瞬戸惑う史であったが、しかし今回は受けたいと思った。

史は〈知之、ごめん〉と心の中で呟いた。

「ご一緒させてください」

「断られたらまた何度でも誘うつもりだったけどね、よかった!」

聡一郎の表情が輝いている。史はさわやかな笑顔を返した。

知之は答えの出せない難題と向き合う時間が長くなっている。気のせいだろうか、両下肢の筋力が落ちてきたように感じられる。

「腫瘍が大きくなる速度は、個人差がある。そのスピードは誰にもわからん、神のみぞ知るだ」

知之はうめくように呟いた。

〈史に会いたいなあ、しかし会ってどうする〉

思考回路の同じところをぐるぐる回っている知之の思いは、晴れることがないままである。

こんな気分の時には、『レクイエム』でも聞くか。モーツァルト、モーツァルトとCDを探していると、玄関のチャイムが鳴った。来客は、邦夫と咲である。

咲は、中学時代に知之の第二ボタンを欲しいと言ってくれた友人である。

「知、なにしてる?」

「知之君、久しぶり」

〈あのままレクイエムを聞いていたらどうなってた?〉

二人の来客に知之の沈んだ気持ちが救われた。

【前回の記事を読む】「なんでこの俺が?」突然自分の身に起きた不幸なできごとに打ちひしがれて…

 

【イチオシ記事】配達票にサインすると、彼女は思案するように僕の顔を見つめ「じゃあ寄ってく?」と…

【注目記事】長い階段を転げ落ち、亡くなっていた。誰にも気づかれないまま、おじさんの身体には朝まで雪が降り積もり…