と言いますのも、あくまで一般論ですが、国家リデザインとは、その国を治めている方々…支配者層…からは『自分たちへの挑戦』のように受け取られてしまうことがあるためです。

客観的に言えば体制疲労が起きている状態であっても、その体制で既得権を得ている支配者層からしてみれば、

その体制を見直すことは『余計なお世話』であり、『寝た子を起こさない』ためにも、こうした論議に『蓋をしておく』…あるいは、ちょっとストレートな物言いかもしれないですが…『ガス抜きもあり、何かをやる振りはしても常に後回しにする』ためと言われています」

(会場内では、やや憮然とした表情の人たちも見受けられる)

「少し抽象的かもしれませんので具体例で言いますと、例えば、江戸時代は徳川家を頂点とする体制ができ上がりました。

当初は、家康の苦労が実を結び、長い戦国の世の中を平和にするなど、国家としての偉業を数多く成し遂げたと思いますが、やがて体制疲労が起こりだし、将軍を頂点とした幕藩体制に連なる旗本・御家人・大名を始めとした武士層や、それを支える豪商・地主層が自らの権益を保持し続けていくため、

体制に反旗を翻す者を排除していくことで権力を固定化してしまい、『黒船来襲』などに象徴される、体制の大きな揺らぎが出てくるまで、国家リデザインができなかったのでないかと思われます。

そして、明治時代という形でリデザインされましたが、こちらも初めのうちは長かった武士の世の中に終止符を打ち、文明開化をし、現在まで続く近代国家の礎を築いていくなど、国家としての偉業をいくつとなく成し遂げたと思いますが、

今度は長州や薩摩、あるいは華族や陸海軍、そして財閥や大地主に代表される新たな支配者層が固定化してしまい、やがて体制疲労を起こしてきたように見えるにもかかわらず、

全体的に見直す機会を得られないまま時を経た結果、太平洋戦争に突入して、沖縄上陸の地上戦や、原爆投下などの悲惨な歴史的事実を経験してから、ようやく体制転換…リデザイン…されたと思われます。

 

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