不動産相談所
そろそろ引っ越しがしたい。
俺は近所の不動産相談所の店頭に貼られている物件情報を見ている。一面に貼り巡らされた中に、なかなかよさそうな物件があった。
しかし、借りられるだろうか……。そう思うのは家賃が高いからではない。時代の問題とでもいうべきであろう。
一昔前までは、家を借りる際に一番重要なのはお金だった。よほどの事情がない限りは、借り主の継続的な支払い能力があれば借りられた。
だが今はそんな時代ではない。科学技術の進歩は衰えることを知らず、近年では物にも気持ちが存在することが解明されたのだ。それは特殊な聴診器を使い言語化され、人間にも理解できるようになった。その技術は多方面に使われるようになり、家を借りる際も同様であった。
要は家にも気持ちがあるということだ。もちろん家の気持ちを無視して話を進めることもできるが、そういう場合は大抵よくないことが起こるのだ。突発的な事故や不運な出来事は、このような歪みから生じるという研究結果もあるほどだ。
つまるところ、借り主と家の双方の気持ちの合意が大切なのである。家の気持ちを重要視するようになってからは、不動産屋は不動産相談所、そこで働く者は相談員と呼ばれるようになった。以前よりも、引っ越しには手間と労力が必要な時代になったともいえるかもしれない。
しかし、グダグダ言ったところで話が進むわけでもない。俺は入店することにした。
「店の前に貼られている物件に興味があるのだが……」
「かしこまりました。お相手の条件を確認しますので、おかけになってお待ちください」
相談員はテキパキと応対し、パソコンを打ち始める。
「お客様はタバコを吸われますか」
入力の手を止め、相談員はこちらを見て聞いてきた。
「いや、吸わない……。数年前までは吸っていたのだが、前回の引っ越しの時に喫煙者は人気がなく、それを機にタバコはやめたんだ」
「左様でございましたか。それは賢明なご判断です。近頃は喫煙者を嫌う物件が多くなってございます。今回も例外ではありません。こちらの物件からの要望は、タバコを吸わないことのみとなっておりますので条件はクリアでございます。本日の見学も可能ですが、いかがなさいますか」
【前回の記事を読む】結婚を選ばず、母と同居の道を選んだ自分。積み重ねてきた人生は財産だと思える。
次回更新は9月8日(日)、18時の予定です。