「えっ……ウソ……どうしよう……」

正面を向き直したモモからポツリと小さな声が漏れた。もしかしたら見間違いかもしれないと、願望に近い考えが頭をよぎる。壁につけたままの腕に再び顔を伏せ、震える声でもう一度言ってみる。

「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ……」

声にならない声を振り絞った後、恐る恐る振り返る。大きな丸い影は一クラス分ほど進んでそこにいた。見間違いではないどころか、近づいてきているのだ。

思考が停止し固まったモモと同じく、影も微動だにせず固まっている。凍りついた空気が時間をも止めてしまったかのようだった。

「逃げなきゃ……」

こぼれ落ちた言葉と共に、モモは全速力で走っていた。恐怖に包まれた体を何とか動かし、手足を必死に前へと出す。クラス一の俊足で誰かに追いつくことはあっても、追いつかれたことなどなく、逃げ足には自信があった。

近くの階段を全力で一階まで駆け下り、廊下をしばらく走って後ろを振り返る。すると、先ほどよりも距離が縮まっているのは一目瞭然だった。

赤く丸みを帯びた体に厳(いか)めしい眉毛、ギョロリとした目にギュッとつぐんだ口……影の正体は間違いなくだるまさんであった。大きな体に筋肉質な足がニョキッと生えており、ものすごいスピードで音もなく走っている。

無我夢中で逃げるモモの荒い息づかいと、ランドセルについているキーホルダーの鈴の音がせわしなく響き渡る中、ようやく前方に下駄箱が現れた。もう少しで助かると手を伸ばし走り続ける。

ガチャガチャガチャ……。

やっと出口だと思ったのに、鍵がかかっていて出られない。普段の学校生活で鍵がかかっていることなんてない。どうやって解錠するかもわからず、闇雲にガチャガチャとするだけの無情な時間が流れていく。

そうこうしているうちに、あれよあれよとだるまさんに追いつかれたモモは、ついに大声を上げた。

「キャーーーーーー!」

 

 

今でも時々、こんな噂話が流れている。

「ねぇ、知ってる? この学校の七不思議。誰もいなくなった六年生のクラスの前の長廊下で、だるまさんが転んだをやると、本当にだるまさんが出てくるんだって。

大きなだるまさんと小さなだるまさん……。ちゃんと最後までゲームをしないと、その人もだるまさんになっちゃうんだって……」