第4章 アルミ鋳物の創業
松葉工業の創業期
松葉は、次の約束があるので、夕方ホテルに迎えに行きます、と言って出かけた。車に工場長を呼んで、価格によっては、この話はなくなるかもしれないぐらいは言ってもよいけど、私は購入して欲しいなどとは言ってはいけない、と念を押した。
夕方、工場長と一緒にホテルに課長を迎えに行った。課長は、たいへん恐縮です、と言いながら玄関に出てきた。
いつもの料亭に着くと、女将自ら玄関で三つ指をついて迎えてくれた。今日は、大事なお客様だからと言っておいたのが、よく伝わっているようだ。
部屋へ通され、課長が上座に座ったところで、松葉は背広の内ポケットからのし袋を取り出し、課長の前に差し出した。
「心ばかりの昇進祝いです」
「いや、いや、これは頂くわけにいきません」と、課長は突き返そうとした。
松葉は、菓子袋を課長の前に差し出して、
「これ、奥様に、お手荷物になるかもしれませんが、お受け取り下さい」と言うなり、課長の次の言葉を遮るようにして、
「それじゃ、課長のご昇進を祝して乾杯しましょう」と言うと女将がすかさず、ビールを注ぎ込んだ。