二、高校受験失敗から補欠募集への回想

あまりにうるさいので引き戸を開けた。

「何の用だよ。うるさいんだヨ!」不機嫌な顔をして答えた。

西は「マツに話したいことがある」と自信満々な笑みを浮かべていた。

「俺からは、用事はない」と冷たく答えると、

「保谷工の補欠募集があるので誘いにきた」

「その都立学校の補欠募集のこと、お前に頼んだこともないぞ!」と不機嫌に答えると、「マツにとっては有益な話だ!」と自信ありげな態度だった。

「有益かどうか知らないし、興味がない」と素っ気なく、迷惑そうな顔をして答えた。

都立保谷工業高校は、建築科が受験生に人気があったが、機械科と建設科は定員割れをしていた。西は、熱意を持って、補欠募集のことを話し掛けてきたが気乗りしなかった。

一月に都立高校を受験して不合格となり、試験はもう受けたくないし、試験を受ける自信が湧かなかった。西の話を上の空で聞いていた。

それに、昨年の八月に母親が急性肺炎で他界して父子家庭となっていることで、父親は高齢で子供の養育より自分の老後のことがあり、中学を卒業したら、住込みで働いてほしいと父親から言われていた。

父親には無理を言って、高校までは進学させてくれとお願いして、了解を得ていた。

学校の面接室で担任の進路指導を受けて、担任の忠告を無視して、高校を選択したことや昭島高校の受験に失敗して、不合格になったことを思い出した。

中学三年生の二学期のことだった。学校の面接室で私は父親と進路指導の三者面談を受けた。担任の加山利平先生から「松君が受験したい高校は?」と尋ねられたので、

「自宅に近い都立の昭島高校と滑り止めとして私立昭和学園の二校を考えています」と答えた。

担任は、「希望している昭島高校は、松君の成績では無理だ。もっとランクを落とさないと都立高校の入試に失敗するぞ」と諭された。

「希望する都立高校を変えるつもりはありません。学年の模擬テストで、男子生徒、百四十八名中三十五番になった時の点数を取れば合格できます!」と二学期までの自分の成績のことを考えないで答えた。

担任は呆れて「よく考えてみろ! 松君が言っている模擬テストは、偶々良かった点数で、普段の模擬テストの点数は高くないぞ。それに、松君の二学期までの成績では、昭島高校は、ランクが高過ぎて合格することはできない。

無理だ! 無謀だ! 希望する都立高校を変えなさい!」と担任は、私を窘めた。