数年前、深山家の大叔父に算術と筆跡を見てもらった所、三人ともこのまま精進すれば「筆算吟味」に合格するであろうと言われていた。
黙々と作業を進め、後は清書して帳簿の形にすればよいという段階になった頃、長兄が重々しく口を開いた。
「父上の事だから、このままお前達には言わぬつもりかもしれん。
今日、法事の客が帰った後、桝井屋に頭を下げられた。源次郎と清三郎を桝井屋に引き取って、商人にしたいそうだ。
無論、桝井屋はお前たちが否と言えば諦めると言っていたが、父上は烈火の如くお怒りでな。
今日、お前たちが出かけていてよかったかもしれん。しばらくは桝井屋に行くのは控えた方がよいぞ」
兄の言葉に源次郎と清三郎は驚いた。
叔父が二人を気に入ってくれている事は知っているが、二人を引き取って商人にしたいなどと言い出すとは意外であった。
叔父は武家から出て、商人となり成功を収めたが商売は甘いものではない。正助の跡取り教育を時々一緒に受けていた二人は重々承知していた。
「桝井屋から後でお前達に話があるだろう。それまでに決めておくことだ」
背中を見せたまま淡々と新之丞は呟く、父のように怒って反対する訳でも無く、二人の意思に任せようとするのが、いかにも長兄らしかった。
そのまま帳簿付けを続ける兄の後ろで、将来の決断を突然迫られた源次郎と清三郎は途方に暮れていた。
(叔父上はどのようなつもりで、こんなことを言い出したのだ)