「身代守(しんだいもり)」
言いつけられた佐太郎は短く返事をした後、足早に去っていく、頭を上げろと言われた源次郎と清三郎は新之丞に傍に来るよう呼ばれた。
新之丞の文机の上には算盤と幾枚もの紙が並べられている。全て、法事にかかった費用や香典の内容を控えたものだった。
新之丞の流麗な御家流の筆跡で書かれたものや佐太郎のものであろう神経質で四角張った字が大半を占めている。時々、左内の癖のある字が見受けられる程度だ。こちらは来客者の特徴を控えたものらしい。
源次郎と清三郎が遊びに行っている間に、真面目な兄は帳簿付けを行なっていたのだ。
流石にバツの悪くなった清三郎と源次郎は兄に差し出された紙を黙って受け取り、仕分けを始めた。佐太郎も心得たもので、二人に硯箱と水滴を渡した後、黙って下がって行った。
曽祖父が勘定方でそれなりの役職を務め、祖母の実家、深山家の大叔父が勘定吟味改役を務めている関係から、井口家では幼少の頃から算盤と書を叩きこまれる。家の帳簿付けはそれぞれ七つの頃から、将来の為と兄弟で行っていた。
勘定方は実力主義。勘定所の役人になるための試験「筆算吟味」に合格すれば、登城が叶う。当然、世襲ではない。
この試験に落ちれば親が勘定方に勤めていようが、御役目を頂戴することは叶わない。
祖父の二の舞となり、一生無役にならぬよう新之丞は無論の事、源次郎と清三郎も婿や養子先を得るために試験科目の習字と算盤の研鑽を積んだ。
その結果、新之丞は御家流の見事な筆跡を操り、算盤の計算も早い。源次郎は桝井屋の番頭が舌を巻くほど算盤が達者であるが、少々筆跡に癖があるのが玉に傷だ。清三郎も二人には敵わないものの両方に心得がある。