「嫌だよ! 僕、イチゴがのってるケーキじゃなきゃ嫌だ」
僕は眉を寄せ地団太を踏んだ。
へそを曲げる僕に、見かねた父が僕の手から受話器を奪う。
「もしもし、うん、駅前の? 分かった」
苦笑しながら父は電話を切った。
「お母さん、イチゴのケーキ買ってくる?」
僕は上目遣いに父を見る。
「うん、駅前のケーキ屋さんに行ってみるって……だけど、そこにもなかったら明日一緒にイチゴのケーキを買いに行こう。今日はお母さんも仕事で疲れてると思うから」
父は僕をなだめるように背中をさすった。
「うん」
母の疲れた顔を想像し、僕は素直に頷いた。
その後、父が録画したアニメを見ていると、また電話が鳴り響いた。
「お母さんだ」
父が勢いよく立ち上がり、受話器を取った。
「はい、沙代子は僕の妻です……。えっ、沙代子が、ですか? はい、すぐに向かいます」
父が受話器を握ったまま呆然としている。
「お父さん、誰から? お母さんは?」
僕が声をかけると、父はハッと我に返り、「光、出かけるぞ」と、電話機の横にあった車の鍵を取り、僕を抱き上げた。
外はすっかり暗くなっている。父は後部座席のチャイルドシートに僕を座らせると、即座に運転席に乗り込み車を発進させた。外の暗さと車内の静けさで僕は不安になる。
「お母さんどうしたの? お母さんのところに行くの?」
父に問いかけてみるが、一向に答えは返ってこない。父は真っ直ぐ正面を見つめたまま、何かを考えているように見えた。
僕は僅かな光を探すように、窓の外を眺めた。
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