前田は、間伐材の輪切りで試作した湯巡り手形を見せながら、

「お客さんのいない午前十一時から午後三時までの間に、この手形を買ってくれた人に日帰り入浴を体験してもらうという企画なんや。これを宿泊の切っ掛けにしようという狙いなんやけど、老舗の茜屋さんが参加してくれたら目玉になるんで是非お願いしたいんや。この通りや」と、高志に頭を下げた。

「頭を上げてください。うちで良かったら、喜んで参加させていただきます。僕は前田さんたちのチャレンジを楽しみにしているんです。あわらの同世代の人たちが、新しい価値づくりに頑張っていることが嬉しいんです。是非協力させてください」

前田は安堵して笑顔を取り戻し、すかさず高志の手を取り、

「高志ちゃん、有難う。茜屋さんが『うん』と言うてくれたら、どこの旅館も参加してくれるわ。これは大きい。本当に有難うのう!」とまた頭を下げた。

「前田さん、何度も頭を下げないでください。僕らはこれからあわら温泉を盛り上げていく仲間なんですから……」

そんな高志の言葉に前田はさらに喜んで、湯巡りを切っ掛けに、看板屋の八木康史に依頼してあわら温泉のマスコットキャラクター「湯巡権三」を作成し、着ぐるみのユルキャラにしたことまで紹介した。

「この湯巡権三には兄弟が四人いて、それぞれ個性的なキャラで盛り上げる作戦なんや。湯巡り手形の次は、観光案内所とレンタサイクルをやろうと思ってる。それと温泉客が一人でも地元の人たちと交流できる屋台村を作りたいと思ってるんや」

高志の目が輝く。

「屋台村ですか? どこに作るんですか?」

「海楽荘の跡地に」

「あそこは広くていいですね。……でも、大変ですね。お金も掛かるだろうし」

「うん。県からの補助金を確保してもらっているし、費用を圧縮する方法を学ぶために帯広にも先進地視察をするつもりなんや」

「確かに、一人旅のお客様はそういう所を求めてらっしゃると思いますよ。どこか地元の方と安心して交流できる所はないかと、よく聞かれますから」前田は、決意を新たにした表情をしている。

「各方面から反対や抵抗もあるけどのう、作ったら相乗効果も出るし、きっと解ってくれると思ってる。何より他の温泉地よりも魅力的な観光資源を創造しないとあわら温泉全体が廃(すた)れてしまうで、頑張ろうと思ってるんや」

「前田さん、協力は厭いませんから、是非成功させてください」

頼りになる理解者を得た前田は、仲間に大きな土産話を抱えて帰っていき、高志は熱い風に吹かれたような気持ちでその背中を見送った。

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