あわら温泉物語
高志は「僕もその方向に行くべきだと思いました」と素直に答えた。
「高志ちゃん、俺たちはさっき挨拶した県議会議員の野中克弘先生の提唱で『RATY』という青年グループを作って、あわら温泉に新しい魅力を創出しようと思ってるんや」
「RATYって?」
「REALIZE AFTER TEN YEARSの頭文字で、『十年後に新しいあわら温泉を実現しよう』という意味や。旅館は俺と美濃屋だけで、後は蒲鉾屋、衣料品店、印刷屋、和菓子屋、お茶屋、看板屋、土産品卸など異業種ばかりや」
高志の驚きをよそに、前田はさらに続ける。
「一昨年、芦原町と金津町が合併して『あわら市』ができたやろ。俺も金津出身の婿養子やけど、金津と芦原の若者を融合させた方がアイディアもパワーも出てくる。
野中先生がそういう青年を集めて組織づくりをし、県の補助制度を創設してくれて、そこで俺たちが新しい事業案を生み出し実行していく。そういう恰好や。高志ちゃんも、イザとなったら協力してのう!」
高志は頷き、笑顔で返した。
「前田さん、実は僕も昨年から三国の『おけら牧場』の山崎夫妻に色々教えてもらって、旅館で音楽会や落語会を始めたんです。宿泊客ばかりでなく、地元の皆さんにも文化を楽しんでいただけるように」と顔を輝かせる。
「それはいいのう! あわら温泉の新たな文化やのう」
「お互いに色んな形であわら温泉全体を我々が盛り上げていきましょう!」と二人はすっかり意気投合した。
端正な顔立ちと長身、ソフトな性格の高志と、同じく長身だがやんちゃなマスクとワイルド気質の前田は対照的な二人だったが、お互い自分にないものを持っている相手に、どこか憧憬を抱いていたのだ。
そして高志は、あわらにもこれほど意欲的に新たな魅力づくりに挑戦する同世代がいることを知り、この地に希望の匂いを感じ取っていた。
このあわら温泉で創業百四十年、六代続く一番の老舗旅館が「茜屋(あかねや)」である。茜屋は一流旅館が立ち並ぶ優雅な温泉通りのほぼ中央に位置し、温泉情緒豊かな佇まいを感じさせる。
前庭に立つ樹齢二百五十年の椎の木がシンボルだ。また、今の茜屋の建物もあわら大火の後、先々代が苦労して建てたもので、国の有形文化財に指定されている。
地元はもとより全国の茜屋ファン、今上天皇・皇后両陛下をはじめとした皇族、そして多くの文人墨客、政治家、芸能人にも長く愛されてきた。