愛しき女性たちへ

美月は、役所が音頭を取る市街地再開発事業の行政側の担当者で、役人らしからぬ気さくな人柄ゆえに多くの関係者から好かれていた。

そして管轄する法定再開発事業の土地の権利者の一人である企業の代行として参加していた秀司と知り合った。

小柄な美人でよく笑う明るい性格に加え、大抵の場合膝丈のタイトなワンピース姿で、五十歳という年齢には見えない魅力的な体型だったことから、男ばかりの建設プロジェクトではひときわ目立つ存在だった。

市街地再開発事業は息の長い仕事だ。都市再開発法に定められた法定再開発事業の場合は都市計画決定が必要で、十年、二十年掛かっている事業もざらにあった。

それでも役所主導の法定事業にしたいのは、相当な補助金が期待出来るからだ。

補助金は真水とも言われ、事業採算に多大な影響を及ぼす。

さらに法定再開発事業の場合は、強制権利変換という、事業に同意しない権利者に対してその権利を再開発後の不動産の持ち分に強制的に置き換えてしまう手続きを役所が執ることが出来るので、ごね得を狙って理不尽な態度を取り続ける権利者が存在するために不要な時間と費用を費やすことをある程度避けることが出来るのだ。

ある中小企業の施主代行として秀司が渋谷で参加することになった事業も当初は民間再開発を目指していたのだが、人間が百人いれば、その二割は「こまったさん」、さらにその二割はモンスタークレーマー、そして一、二人は全く話がかみ合わない異常者が存在する。

そんな人たちを法外な金で束ねていたのが日本の不動産バブル時代だが、一九八九年十二月の大納会での日経平均3万8915円をピークに下落に転じ始めるとバブル経済の綻びが噴出し、各地で開発事業が滞り始めた。

秀司が担当することになった案件も、権利者調整に手間取っている間にバブル経済が崩壊し事実上の凍結案件になった事業だった。