頂上目指して

木道は熊穴沢避難小屋で終わり、道は石の多い急な登りになった。前方を見上げると、大きな雪渓が広がっている。

足元には、コイワカガミ、ハクサンコザクラ、ツガザクラ、など北アルプスで見られるような花が咲いている。

「あら! シラネアオイ! あんなに!」

私の前に35歳くらいの夫婦連れが行く。奥さんがポツリと言った。

「また、山に来てしまった……」

ショートカットに、白い日除け帽子と黒い眼鏡が格好良い。「風が気持ち良いな~」と旦那さんが奥さんのほうを見た。横から、私は旦那さんに声をかけた。

「どちらからですか?」

「名古屋です」

「え! 名古屋とは、遠いですね!」

「いや、昨日名古屋を出て、東名・関越と高速道を使って、夕べ水上温泉に泊まって、今日谷川岳をやって、伊香保温泉に泊まる予定です」

「そうですか、納得しました。でも、凄いですね」

「好きなことには欲が出ますから。なんでもないですよ」

谷川岳の頂上は、もう目の前に迫っている。さっきまで万太郎山の後ろにちょっとだけ姿を見せていた仙ノ倉山が、重量感をもって背伸びしたように姿を現してきた。

頂上に到着。山頂には1963メートルと書かれたポールが立っていた。数十人の人が写真を撮ったり、お菓子を食べたり、地図を見たり、寝転がったりしている。

私も敷物を敷き、ザックを下ろして、生野菜を出した。

「うわ~、キュウリに味噌つけて、おいしそう!」

隣の岩に腰を下ろしている女子高生の遠慮のない大きな声。続いて、私はトマトに塩を付けてむしゃむしゃ食べ始めた。

「うわ~、トマトには塩!……いいな~」

女子高生の甲高い声が伝染してにぎやかだ。遠くに朝日岳が見える。その後ろに巻機山が懐かしい(登ったのは何年前かな……)。

すぐ下の岩壁を見下ろすと、一ノ倉沢のルンゼから、ザイルを使って登って来る赤や青のヘルメットのグループが続いている。

静かに壁を見つめていると、岩に張り付いてかすかに動いている人もいる。

【前回の記事を読む】ITが進化した世の中でも「自分で考え、自分で判断し、自分で行動する力」は失いたくない。山は生きる力の訓練の場。

次回更新は8月14日(水)、14時の予定です。

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