南牟婁地区では七月の上旬になると、毎年地区の主催で「夏祭り」が行われていた。

地区を挙げてのこの夏のイベントには、郵便局も恒例行事として、職員の全員参加は暗黙の了解事項となっていた。

地区挙げてのイベントを控えた時期に、職場での僕の歓迎会を兼ねた懇親会が開かれることになった。おそらく主な目的は、夏祭り参加に向けた打ち合わせと、職員の士気高揚であろうと思われた。

「芝山さん、毎年『夏祭り』前には懇親会をやるんですか?」先輩の芝山に尋ねると、

「いつもは祭りが終わってからやるんよ。いわゆる『打ち上げ』。今回は、倉ちゃんの歓迎会も兼ねてるから」

「じゃあ、終わったら『打ち上げ』やるんですか?」

「いや。今回はやらんと思う。どうせ九月に『営業の立ち上がり』で、決起会をやるだろうから」

芝山の言葉に少しホッとした。

南牟婁郵便局では職員の懇親会をとても重視していた。理由は郵便局は公共機関でありながら「独立採算制」を採用していた。そのために貯金・保険などの営業目標があった。決められた営業目標を達成するためには、職員間のコミュニケーションと営業へのモチベーションの維持が必要である。

「飲ミュニケーションちゅうやつやな」

芝山の言う「飲ミュニケーション」は、この時代の必須のアイテムであった。ただ今回の懇親会は、僕の歓迎会も含まれていることに若干の気の重さを感じていた。

ある程度の予想はしていたが、懇親会では主役の一人として局長の隣の上座席が僕のために用意されていた。

村上春樹の小説の主人公ではないが、

「やれやれ……」

思わずそんな言葉が口をついた。

冒頭、局長の挨拶が済むと、僕は司会の久保局長代理から新入職員としての挨拶を求められた。近所の人に聞かれると必ず答える「高齢の母のため」という故郷に戻った理由などを述べて、当たり障りのない内容で話を締めくくった。

僕の挨拶が済むと、宴席での交歓が始まる前に夏祭りでの役割分担が決められた。そこで新人である僕が以前からの慣習であるかのように、夏祭りのカラオケ大会に郵便局の代表として出場することとなった。

「本来なら、退職した北岡さんが歌ってくれる予定だったんだが、その代わりは、やはり倉嶋君だろう」

予想どころかまったく考えもしていない久保の言葉に

「倉嶋君! 頼めるか!」

「地域のみんなに知ってもらう良いチャンスだ!」

局長の電光石火の一言である。拒否する理由を考える間もない。

柔道でいえば、組んだ瞬間の見事な足払いだ。僕はその言葉に頷かざるを得なかった。

─こうして歓迎会の前半は、僕の思いとは裏腹に、何の問題もなく定刻通りに列車が駅を通過するような雰囲気で過ぎていった─

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