Ⅰ 東紀州 一九八七 春
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「今日のブツは少ないなァ。助かった。今日は二時過ぎから、集金が三件もあるんや!」
「ブツ」とは郵便物のことで、いわゆる業界用語である。集金とは、貯金の積立金や簡易保険料の集金のことを指す。
外務職員は午前中に郵便物の配達を終了させ、午後からは貯金・保険の集金や金融の募集業務をおこなっていた。「まさに、田舎暮らしの証やなぁ!」
先輩である芝山は、郵便バイクのヘルメットで綺麗に縁取りが付けられた僕の顔を見て笑う。だが、赤黒く日焼けした顔に、サングラスを外すとパンダのように、目の縁に僅かに肌の白さを残している芝山の顔を見ると、自らの将来の姿を想像してしまい乾いた笑いしかできないでいた。
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色白であった僕は、一か月も経たないうちに配達用のヘルメットで、額は赤と白の境界線が見事にくっきりと出来上がっていた。
「あんた、よう焼けてきたなぁ。まあ、今まで白かったから一寸逞しくなった感じがするけど。色男という感じじゃないね。日焼け止めでも塗っときゃよかったのに」まったく母は僕の気にしていることを平気で言う。
「ああ。日に焼けるんは仕様がないけど。ヘルメットの顎紐のとこだけが、妙に白くて気になるな」
母の言う通りだ。日焼け止めを思いつかなかった。「時、既に遅し」である。ため息がでる状態になっていた。
配達作業を始めてから一日の流れが驚くほど速い。梅雨の合間には初夏の日差しが容赦なく肌に照りつける六月も半ばが既に過ぎようとしていた。