ただ、そんなクワガタ虫の観察も、時間が経つにつれて少なくなり、虫の世話をするのは、専ら兄と母であった。僕は三日もすればクワガタ虫を見るのにも飽きて、ボールやバットを持って外に遊びに出ていた。僕は幼稚園児の頃、小学校に入る前から野球を好きになり、いつか、いつの日か、親にグローブを買ってもらうことを夢見ていた。
「ねぇ、ママ、僕にもグローブを買ってよ」と母にせがんだ。
母は「また今度ね。クリスマスの時まで我慢しなさい」
「えーっ、そんなに待てないよ。どうしてもグローブが欲しい……」僕は半ベソをかきながらねだったが、母はなかなか首を縦に振ってくれない。
「そんなに欲しいのならパパに言ってちょうだい。ママが買ってあげられるとしたら、クリスマスの時になるって何度も言っているでしょ」
クリスマスまではまだ半年以上もあり、僕には永遠に遠い未来のことのようにしか思えなかった。