【前回の記事を読む】試合に出たいけど、1年生だから学年が上がるまでひたすら我慢。雑務や辛い練習も笑顔で明るく一生懸命に頑張り…
第1編 野球との出会い
2回裏 先輩たちの下で
秋には新人戦といって、二年生以下を中心とした新チームの大会がある。地区予選で優勝すると都大会に出られる。都大会に出ることがまずは目標になる。こういった大会は、春と夏にもあり、一年に計三回の大会があった。
秋の新人戦の前に、二年生チームは練習試合を何試合か組んでいた。大会の一週間前の練習試合、ピッチャーのトムはリリーフで登板する準備をしていた。そのような時、僕はプルペンで彼の球を受けるのが常だ。
トムが六回の表から登板することになり、そこでキャッチャーは僕が行くように言われた。僕は中学野球部の試合では初出場となる。
「緊張することはない。いつもの通り。トムとはいつも練習をしてきているから大丈夫だ」そう自分に言い聞かせて、なるべく平常心でプレーするべく努めた。トムのコントロールは良く、安心してリードできた。
ショートゴロ、ピッチャーフライ、そしてまたショートゴロと三者凡退でトムは切り抜ける。
次の六回の裏、ツーアウトランナーなしで僕に打順が回ってきた。僕は無心で打席に入る。打席では多少の緊張はあったが、体がガチガチということはなくピッチャーの投球を待った。二球目、ボールもよく見え自然に体が反応してバットが出た。少し振り遅れたが、うまくミートし打球は右中間の真ん中に飛んで行った。
小学生の時に近くの空き地で野球をして遊んでいた時と全く同じ感覚の当たりだった。
あの時は、他人様の家の窓ガラスを思いっきり割ってしまった。そして、母と一緒に高級イチゴを持って謝りに行った。
今度は、右中間を打球が転々とする。一塁、二塁を回り、サードベースコーチは手をぐるぐる回している。三塁を回り、ランニングホームランになった。ベンチの上級生たちは大騒ぎだった。ベンチから外れたところに僕の仲間、同級生がいて祝福してくれた。
小学生の時に窓ガラスを割った、あの家の主人の顔が目に浮かび、僕は何だか申し訳ない気持ちになった。皆が喜んでいるのに意外と冷静。同じ打球を飛ばして、あの時はガラスを割って母と一緒に謝りに行ったのに、今度はホームランになって皆が大騒ぎをしている。