東南アジアの誘惑

一九九〇年八月末から九月初旬にかけて、三十八歳にして人生で初めて海外に行くこととなった。行き先はシンガポールで、販売キャンペーンで上位に入賞した特約店研修旅行の引率のためである。

私はこれまで飛行機は国内線しか乗ったことがなかったので、チャンギ空港の巨大さと豪華さは衝撃的であった。

行く前はシンガポールを東南アジアの雑然とした開発途上国くらいにしか思っていなかったが、実際には、高層ビルが林立し、美しく手入れされた広々とした公園があちこちにあり、整然としたゴミの落ちていない街並みをロンドンの赤い二階建てバスが走っている。

シンガポールは、当時、すでに一人当たりGDPも一万ドルの壁を超え、日本の半分以上になっており、自分の常識のなさにあきれた。

一九九二年三月、三十九歳の時、初めての海外への家族旅行として、ガイド付きパッケージ・ツアーの「マレーシアのペナン島とシンガポール六日間の旅」を選んだ。ペナン島で泊ったのは、ペナンの中心、ジョージ・タウンから十キロほど西にある国営の大型リゾートホテル、ムティアラ・ビーチ・リゾートであった。

しかし、ホテルの敷地から一歩出ると、そこにはのんびりしたマレーシアの田舎の素朴な風景がある。少し歩くと静かなテロッ・バハンの漁村に入る。その先に広がる白い砂浜には小さな漁船が並んでいて、心地良い風が海の匂いを運んでくる。

ミネラル・ウォーターを買うために雑貨店に入ると、湿った粉石鹸の香りが店内に漂い、幼いころ、母と行った雑貨屋を思い出す。