矛盾を矛盾のまま共にいられること。割り切れないことを割り切れないままいられる包み込む力もこの微妙なある意味バルネラブル(脆弱(ぜいじゃく)さや傷つきやすさ)な土壌(どじょう)(感覚)の上に成り立っているのでしょう。
それが他の人間集団にはない家族の姿なかもしれません。家族だから何でも言えるというある種の思い込みがありますが、微妙なバランスのうえに成り立っている姿を考えればこの「思い込み」も時に危ういかもしれません。
家族は逞(たくま)しいけれど一方では最も傷つきやす存在であることを受け止める必要があるのではないかと私には思えるのです。
家族なんだからなんでも言える何でもやれるという勇ましい思い込みが時に子どもが放つ「他の誰に言われるよりお父さんやお母さんに言われるのが一番つらい」ということばに向き合うことになるのだろうと思います。
振り返ると、義母(この項では正確を期する意味で義母とします)と父の人生は似ているところもあります。お金がない厳しい時代を過ごしてきたこと等。ここはそっくりです。
でも決定的に違うものがあります。それは、どこかにある義母の暖かさ。その理由は、既に述べたように母は姉妹に愛され、そして婚姻後、夫との関係はともかくも、子どもにとことん愛され、そしてそれゆえ愛することもできたからなのではないかということです。
この決定的な違いは、のちに述べますが、人生の晩年の出来事に一方には光を与え、また他方には逆に影さえも作らせたのでしょう。読み進めていくと、わかるかもしれません。特に認知症は、この人生の生き方(歩み)に容赦なく激烈な光と峻烈な直球を投げかけてきます。このことは最終章で述べます。
最後に一般論ですが、男親と男の子の同居介護はどうも難しいように感じます。もちろん、そうでない人がいるのも事実ですが、女親と女の子との同居介護よりはるかにリスクが高いので(どこかに競い合いが生じ、ここに人間関係のギスギス感が生じやすい等のことが背景にある)慎重であった方がいいと思います。特に経済的な問題がある場合などはなおさら慎重に対応すべきでしょう。
1)元来はギリシャ語で大きな破滅や悲劇的な結末を意味する
2)いろいろな化け物。様々な妖怪変化を意味する
3)相反する感情や考え方を同時に心に抱いていること
4)山際寿一 「サル化」する人間社会 集英社インターナショナル 初版 2014年 p.100
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