正助が今日の法事の帰りに源次郎を店に誘うことはお幸にも予想が出来たはずだ。源次郎に綺麗だ、娘らしいと言われたい。そう思って今日着る着物を選んだのかもしれない。お蓮を今日、店に誘ったのもお蓮に会うと源次郎がよく笑うからであろう。お幸は源次郎の笑った顔が好きなのだ。
それなのに、まったく源次郎はお幸を見てはくれなかった。お蓮がいるから仕方がないが、眼中にないと面と向かって言われたようで、悲しかったのであろう。
「お幸、よく似合っているぞ。菊の花が見事な着物だな」
お幸を慰めようと必死に清三郎は、言葉をひねり出した。今まで女子の着物など褒めた事がない。声が裏返り、震えたのが自分でも情けない。もっと上手い事言えないのか。正助も呆れた顔で清三郎を見ている。
清三郎の声に、お蓮に呆けていた源次郎がやっとこちらを向く。羞恥のあまり、顔を真っ赤にしている清三郎。妹を必死に宥める正助、下を向いたまま嗚咽を堪えるお幸。己のしでかしたことにようやく気が付いた源次郎は、慌ててお幸に駆け寄った。お蓮もお幸を泣かせた事に慌てて、お幸を慰める。
どうにもお幸の機嫌が直らず、困り果てた正助は、お幸の乳母を呼びに行き、源次郎は金平糖を片手にお幸の機嫌を取った。お蓮は家の者が迎えに来たので、お幸や清三郎達に何度も謝りながら帰って行った。
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