お蓮もいるならばと正助は客間に行き先を変えた。お蓮に、仄かな憧れを抱いている源次郎に気を使ったのだろう。ソワソワしだした源次郎に清三郎はなんとも言えない気持ちになった。客間についても、中々話し出さず、呆けたようにお蓮に見とれている源次郎を見て、お幸は頬を膨らませた。
源次郎はそれに気づかず、お蓮の菊柄の着物がよく似合っていると褒めた。お幸はキッと目をつり上げる。清三郎より六つも年下、まだ十の子供だというのに、お幸は三つの頃から、源次郎の嫁になると言って聞かないのだ。
ついには、己の着物をきつく握りしめて下を向いてしまったお幸の様子を見て、清三郎は驚いた。勝気なお幸の事だ。顔を真っ赤にして、文句を言うか、この場で泣きわめき、周囲を困らせるくらいと思っていた。いつ、お幸が癇癪を起すかと身構えていたので、拍子抜けしてしまう。
「お菓子でも持ってこさせよう。金平糖があるんだ」
妹の癇癪を恐れた正助が、慌てだした。金平糖はお幸の好物だ。妹を菓子で黙らせようと必死である。数多の女子を袖にしてきた正助も妹のお幸にはからっきし弱いのだ。
好物の金平糖の名が出ても俯いたままのお幸に正助と清三郎は頭を抱えた。元凶の源次郎はお蓮の気を引こうと必死で、まったくこちらに気が付いていない。お蓮の事となると源次郎は阿呆になるのだ。
清三郎は、ハッと気がついた。お幸は鮮やかな水色の着物に、刺繍の施された紅い帯を締めている。呉服屋の娘らしい見事な品だ。そして、その着物は趣こそ違うが、お蓮と同じ菊柄の着物であった。
お幸の方が先に、源次郎に挨拶した。呉服屋の娘が着る着物だ。お蓮の着物よりも上等に決まっている。けれども源次郎が着物を褒めたのは先に挨拶し、見事な着物を着たお幸ではなく、お蓮であった。