「えっ、そんなに早く作ることができますか。伊藤さん、あなた良い人を連れて来てくれましたね」
「先生、すぐ宮崎に帰って段取りします。サンプルの大きさはどれぐらいがよろしいでしょうか」
「そうですね。先ずは、郵送できる大きさの一桝だけでよいでしょう」
「分かりました。明日には、製作図を描いてファックスさせて頂きます。ありがとうございました」
お礼を言って玄関を出ると、伊藤は松葉の手を両手で握り、
「松葉さん、よかったですね。もし、ここで採用になると、すごいことになりますよ。日本一の設計事務所に採用になったとなるとその効果たるや、計り知れないと思いますよ」
「そうですか。伊藤さん、ありがとうございます」
松葉は伊藤に向かって深々と頭を下げてお礼を言ったが、計り知れないほどの効果とは、どれほどのものか想像ができなかった。
「いやぁ、驚いた、初対面からサンプルの提供を依頼されるなんて。頑張って下さい。これからが勝負ですよ」
伊藤は、我が事のように喜んでくれた。
何と、この方は素晴らしい人なのだろう、何の見返りの話もしない。ただただ喜んでくれている。
松葉は思った。よし、素晴らしいサンプルを用意して、伊藤にも喜んでもらおう。
「伊藤さん、ありがとうございました。これから羽田に向かいます。また、1週間したらやってきます」
「大山主幹は、郵送で、とおっしゃっていましたよ」
「いや、持ってきます。先生の感想も直接お聞きしたいですから、そして伊藤さんにもサンプルを見て頂きたいです」
「わぁ、私にもですか。楽しみだな」
2人は、喜び合いながら、四谷の駅で別れた。
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次回更新は8月19日(月)、8時の予定です。