第二章 フィルダース・チョイス

そんな様子の僕を見て、しげじさんは頃合いを見計らっていたんだろう。不意に姿勢を正した。「君とは古い付き合いだ。おしめを替えたこともある。ご両親にもとてもよくしてもらった。食事を何度ご馳走になったことか。懐かしいなあ」

そして、しげじさんはいつになく真剣な表情を作ると、僕の目を見ながら切り出した。

「今日は、人生の先輩というより、男同士の友達として一つ言わせてもらっていいかい。耳に痛いことを言うよ。我慢して聞いてくれるかい」

「……はい」

「確かに今、君は大変な状況だ。まだ十六歳の若さで、いきなり、いろんな困難に巻き込まれてしまった。心から同情するよ」

「……」

「僕はずっと君を見てきた。君は心根の優しい、素直な子だと思っている。しかし今、君は、誰も信用できないし、誰の言うことも聞きたくない、そうじゃないかな」

「……」

「この世には神様なんていない、僕はそう思っている。世界は常に不公平さ。困難が降りかかる、大変なトラブルが起きた、大病を患った、人生は良いことと悪いことの繰り返しだ。僕の人生も散々でね、若い頃、一度会社を乗っ取られた。尤も、それは父親のまいた種だったがね。その絶望的な状況で、感じたことがある。

それは、乗り越えられる人にだけ、災いは降りかかるってことだ。神はいないが、世間が見ている。この男は、困難を乗り越えられるのか? 試練に負けないのか? 君は今、天に試されているんだ。逃げるのか、それとも戦うのか。僕たちの共通の趣味、それはボクシングだよね。君の家の応接室で、一緒に何度も見たよな」

「はい」

「名島、あの偉大な世界チャンピオンを覚えているかい」緊張していた僕の口元が緩む。

「忘れるはずがありませんよ」