「崇君、名島が逃げたところを見たことがあるかい」
「いえ、ありません……」
「だよな。名島は、全身肝っ玉のような、ガッツのある男だったよね。極貧の中生まれ育ち、養子に出され、中学生の時から、極寒の北海道で漁師をしていた。その後上京し、肉体労働をしながら、二十五歳でデビューした。
普通のボクサーなら引退する年齢だよね。そして誰もが予想もしなかった戦いに挑んだ。名島は全知全能を振りしぼり、見事に勝ったじゃないか。オリンピックでも活躍し、プロでも世界を取ったあのチャンプに! 一緒に見たよね」
「……はい」
「名島はそれだけじゃない。どんなに打たれ、何度倒されても、必ず立ち上がった」
「はい」
「一度こっぴどく負けた相手にも、敢然と再戦を挑み、ことごとく、その試合に勝ち進んでいったよね」
「その通りです」