どういう意味かと更に問うたところ、我輩のご主人が言うには、

「軍隊では命令の根幹は不動だが、個々の作戦、用兵では現地司令官にある程度の裁量が与えられている。外交交渉でも同様に本省の訓令をガチガチに遵守せずとも大枠さえ外れなければ良かろうと思って今までやってきた。

だから『ズレは構わない』ということではなく、『訓令の根幹さえ外れなければ、枝葉での多少のズレは誤差の範囲内として許される』という意味だが……。この命令と訓令の受け止め方の違いが儂と古代氏の意思疎通を微妙に狂わしてきたのかも知れないな……」と寂しそうにつぶやいた。

なるほど。個々の戦闘現場では何が起こるか予測不能だから現地司令官に独断専行の余地を残す必要があることは我輩にも理解できる。しかし外交交渉となると違うのではないか?瞬時の判断を求められる場面でもその場で即答してことを荒立たせずとも、一旦強く反論しておくか、逆に柔らかく受け止めておいて「本国と相談の上回答する」と時間稼ぎもできるはずだ。

そうですか……、と我輩は我輩のご主人の顔を見つめながらグラスを口に運んで静かにごくりと喉を潤した。

そして元気付けのためにもここでしっかりお尻を叩いておこうと思い、「であれば、古代氏とは当初から溝があった訳でペテン師案のごみ箱行き、一時帰朝の拒絶、当人の更迭など痛くも痒くもないでしょうに。何もがっくりくることなどありませんよ」と我輩は励ました。

我輩のご主人は「うーむ、ま、考え方の違いはあっても苦労を分かち合った仲間であることに変わりはないからな……」と手に持つバーボングラスをじっと眺めた後、静かに思いに耽った。

真面目な我輩のご主人のことだ。ペテン師案に代わる確たる代替案も見当たらず、赴任以来徒(いたずら)に時間を浪費しただけの半年間だった……とすれば、自分の無能力をひしひしと痛感し、日米交渉の先行きに自信を無くしていた訳で、何とも無念なことだったと言わざるを得ない。

傍であれこれ励ました我輩もさすがにこの時は声の掛けようもなく、神妙に聞きながら、黙然とバーボンのお代わりを差し上げるだけだった。

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