清三郎が十六、正助は十七、源次郎が十八だから三人とも年が近い。親の睨み合いを子供の頃から呆れて見つめていた従兄同士、馬が合った。親戚の集まりで顔を合わせる度に、遊んだ。
互いに剣術を習う年になり、三人とも直新陰流、牧野道場に通ったことも正助と従兄というより、友として付き合っている所以だろう。
長兄、新之丞も十九で年は近いのだが、父の期待と愛情を一身に受け、町人が通うような道場には通わせられないと香取神道流、笹口道場に通っていたし、真面目で口やかましい長兄とはなんとなく、三人とも気が合わなかったのだ。
道場の帰りに、桝井屋に寄って、貧乏旗本ではお目にかかれないような上等な菓子を馳走になり、正助と一緒に算盤を習い、絵や茶の湯なども少々嗜んだ。
犬猿の仲の兄の子達が、図々しくも遊びに来る状況に困惑していた叔父も、今では自慢の骨董を惜しみなく見せてくれるくらい、二人に気を許している。
叔父の家に次男と三男が入り浸っている状況を知った父は当然、憤ったが、亡くなった祖父が良いではないかと言えば強くは言えなかった。普段は温和な祖父だったが、父と叔父の諍いがどうしようもなくなりそうになると、
「いい加減にいたせ」
鋭い声で一喝し、二人を黙らせることのできる唯一の人物であった。おかげで、次兄と共に清三郎は桝井屋に入り浸っていた訳である。
「源さん、清さん、行くところはあるのかい? 久方ぶりに家に遊びにおいでな。」
すっかり、いつも通りの砕けた口調になった正助が二人を誘う。源次郎と清三郎は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
桝井屋は、日本橋近くにある。天下の越後屋のように、間口が三十間(約五十四メートル)以上あり、店との間に橋がかかり、見渡す限り越後屋の暖簾がはためくほどではないが、大店ひしめき合う日本橋界隈で、間口が十八間(約三十三メートル)もある桝井屋は十分大店であった。
当然、井口家の屋敷より広い。他に廻船問屋、京に呉服屋の本店、大坂と名古屋に出店があるというのだから、凄い。
「お帰りなさいまし、若旦那」
店の前にいた小僧が、正助を見てぺこりと頭を下げた。それを皮切りに店の者達がいっせいに挨拶する。店の表で働く者だけでも三十人はいる。
店の奥で働く者も合わせれば五十人以上、正助は慣れた様子で挨拶を受ける。そのほとんどが源次郎と清三郎を幼い頃から見知っている者ばかり、いらっしゃいましと笑顔で声をかけてくれる者が多かった。
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