「身代守(しんだいもり)」

とりあえず、正助の部屋で茶菓子でも食べようかと話しながら、長い廊下を三人は歩いていた。すると、パタパタと廊下を走る音が響く。鮮やかな水色の振袖が揺れた。

「源次郎様、清三郎様。いらっしゃいまし」

声を弾ませ、現れたのは正助の妹、お幸だ。くるりとした大きな目が印象的な可愛らしい子供だが、少々、気が強すぎる所があり、近所の子供でお幸に言い負かされた事のない子供はいないくらいであった。加えてお転婆で、日本橋界隈のガキ大将を次々と倒し、ガキ大将の親分をやっているのだと自慢気に言う始末。

三つの頃に母親を亡くしたお幸を不憫だと言って、お父上が甘やかすからだと正助は頭を抱えていた。これでは嫁の貰い手がなくなると妹想いの正助は心底心配している。

しずしずと別の足音が聞えた。ちりん、ちりんと簪に着けられた鈴がなる。

「お邪魔しております」

その声に清三郎達は、いっせいに振り返った。鶯色の振袖を着た小柄な娘が、こちらを見ている。涼やかな目元、薄く紅をさした唇が白い肌を引き立て、黒目勝ちの目が可愛らしい。いつみても、大輪の華のように可憐な人だ。

「お蓮さん」

ニコリと微笑むのは、桝井屋の近所で筆屋を営む鹿屋の娘、お蓮だ。お幸にしとやかな身のこなしと落ち着きを学ばせたいと考えた善衛門は、琴の師匠の所に稽古に通わせている。

これだけの大店なら、師匠の方を店に通わせても良いのだが、落ち着きのある年上の娘達と稽古をするうちに少しは娘らしくなるのではと考えての事だった。お蓮はお幸の稽古仲間で、よく稽古帰りに遊びに来るのだ。