その頃千尋は作法室で、伊藤、高島と共に、生活科教師の福山の指導で、お点前の稽古をしている。

福山は、帛紗(ふくさ)のたたみ方から茶器の拭き方を教えている。

千尋、伊藤、高島の三人は、棗(なつめ)を丁寧に拭き、茶杓(ちゃしゃく)を拭いた。それから、茶巾(ちゃきん)を使って茶碗を拭いた。

千尋は、一足早く茶碗を拭き終わると、道具をそっと置き、ふと窓の方に目をやった。

山川が学校の試験草地で、何か熱心に調査をしている様子が見えた。

千尋はつい手をぎゅっと握りしめて膝に置き、きゅっと口を結び、食い入るように山川の様子を眺めていた。

「どうしたの? 千尋? あぁ……なるほどね」と小声で伊藤。

高島も千尋の様子に気付き、窓の外に目をやった。小声で、

「この間、ここに来た山川君じゃない? そういえば前の日曜日に、千尋の家に行ったんだっけ?」

伊藤や高島にそう言われて、千尋の顔は真っ赤である。

「ねぇ、山川君、どんな様子だった?」と高島。

「どんな様子だったと言われても……」千尋は口ごもる。

「うまくいきそうなの?」と伊藤。

高島と伊藤に追求されて、顔が真っ赤な上に、たじたじの千尋であった。

そんな三人の様子を、何も言わずにうかがっていた福山は、

「さぁ、次の稽古にするわよ。濃茶(こいちゃ)を点(た)ててみましょう」

とぴしゃりと言った。

千尋、伊藤、高島は、茶碗に湯を注ぎ、茶筅を湯の中でゆっくりと回し、穂先がほどよく柔らかくなっているかを確認した。

一度湯を捨て、茶巾を使ってもう一度茶碗を拭いた。

それから、棗から茶杓を使って、抹茶をそっと茶碗にちょっと多めに入れる。

湯を注ぎ、茶筅で点てると、濃いお茶の香りがふわっと漂い、作法室は茶の香りでいっぱいになった。

お点前の稽古を一通り終え、道具を水屋にしまうと、福山は千尋に声をかけた。

「茶道の最中に、雑念が入っては、いいお茶を点てられないわよ」

福山の言葉に、千尋はうつむきつつうなずく。

「でも、この雑念は、雑念ではないかもね……」と千尋の様子をうかがいながら福山は言う。

「男っていうのはね、二種類いるわ。ニセモノと本物。ニセモノは外面を取り繕うのはうまいわ。でも芯がないの。そして特に女に対して無責任」福山は続ける。

「本物はね、外面は不器用だわ。でも女がいると自分の信念に従ってよく努力する」

「山川君がどっちなのか、試してみるのがいいかもね」

「……試すって、どういうことですか?」千尋がやっとの思いで口を開く。

「そうね……山川君、千尋の家にも行って研究しているよね。せっかくだから手伝ってみたら」

「考えてみます」千尋にはそう答えるのが精一杯であった。

その頃山川と内燃は、職員室の佐伯を訪れていた。

佐伯はノートパソコンで何やら資料を作成している。内燃が佐伯に声をかけた。

「佐伯先生。お忙しいところちょっといいですかい」と内燃。

佐伯はパソコンの手を止め、

「どうした。何かあったか? 君のことだから厄介な用事じゃぁないだろうね?」と、ちょっといぶかしげに内燃に言った。

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