鈴木君は、やりたいことがあるのだなと思った。どれだけ強いしがらみがあっても離せないような。私は、鈴木君を羨ましく思った。鈴木君に覚悟のようなものを感じたのは、前に鈴木君と話したことを思い出したからだ。

去年の今頃、ちょうど坂の上にあるガードレールの傍に立って、池を眺めながら二人で話をした。

鈴木君は、「誰も彼も、自分のことばかり考えてるって思うよね」と言った。

単純な疑問を口にしたような、怒りは感じられない声だった。

鈴木君の言ったことは、私にも心当たりのあることで、

「どれだけ苦しんでいるかなんて知りもしないのに、無神経なことを平気で言うよね」と私は言った。

心当たりがあったとしても、自分の口からそんな言葉が出てきたことに私は驚いた。

「自分の解釈が正しいと思い込んでいるんだ。だから心配や助言という形で、悪気なく傷つける。例えば、僕は『知らない人が、あれこれ嫌なことを言ったり、笑ったりするかもしれない』。そういわれたことがある。

僕はその時、信じていた人にやさしい言葉で刺されたような気持ちになった。知らない人に笑われて傷つくよりも、ずっと痛かったはずだ」

鈴木君は、そう言って笑った。

薄闇の中で、私は隣に座る鈴木君の顔を注意深く覗き込み、その表情を想像した。だけど鈴木君の笑った顔はあれっきりで、今、鈴木君がどんな顔をしているのか、私にはまるで分からなかった。その顔が見られたならいいのにと思った。

鈴木君は鞄からサイダーを出して口へ運んだ。泡立った透明の液体が、喉を通り抜けていくのが見える。気泡がパチパチと弾ける音まで聞こえそうなほどに鮮明に、泡が通り過ぎていく度、そこに実在するものを感じさせた。私は、きれいだなと思った。

鈴木君にサヨナラを言った後で、私は、私に促された未来の隙間で、何をすることができるのだろうと考えた。それは、とても難しいことのように思えた。

美術の授業で新しい課題が告げられたのは、それからすぐのことだった。

手鏡を持った私たちの前で、先生は言った。

「自分を見つめて、ありのままを描きなさい」と。それは、彼にとって残酷な宣告だったように思う。いつもさらさらと動く鉛筆が、紙の上を滑ることは一度もなく、チャイムが鳴り終わるまで、鈴木君は手鏡を握りしめたまま動かなかった。

鈴木君には顔がない。鈴木君の顔は透明なのだ。

 

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