「今、思い返してみると、月子姉ちゃんはおかあさんに一番かわいがられていたよね」

思いもよらない妹の言葉に月子の箸が止まった。

「えっ? 何言ってるの。どう考えても嫌われていたじゃない」

「確かに一番怒られていたし、二人でよく喧嘩していたけれど、月子のことは私たちよりずっと気にかけてた」

「そんなこと絶対にないわ。私にだけはいつも厳しかったし、ほめられたことなんて記憶にないよ」

「お姉ちゃんはおかあさんの気持ちを知らないだけ。家にお姉ちゃんがいないと、『月子、月子』ってすごかったんだから」

「そうね。本当の愛情って甘やかすことじゃないんだよね」

姉はまるですべてを理解しているような口ぶりだった。

「そうそう、私なんてペット的な感覚で甘やかされていた。だから今になってこんなに苦労してる……」

妹の自虐発言に、姉は大笑いが止まらない。

「結局、おかあさんと月子姉ちゃんは似た者同士なんだよ。タンジュンに」

意外な発言に、月子は時が止まったような感覚になった。そうかもしれない。頑固なところ。でも腑に落ちない。私にとっては、そんな単純な問題じゃない。

母が死んだら、もっと楽になると思っていたけれど、今でも自分の素行を見張られている気がする。そんなこと言えば、考えすぎって言われるだろう。

「さて、シメ、何にする」

「うーん、私はタンジュンに、ビビンパかなあ」

妹はタンジュンにという。単純に、シンプルに。人生の選択も、複雑より単純の方がいいのだろう、少なくとも妹にとっては。

「月子は仕事順調? 体の調子は?」

会えば、いつも姉はさりげなく気遣う。

「まあまあだよ」

「一人なんだから。気をつけないといけないよ」

「一人だからストレスないのよ」

それからも三人は昔話で盛り上がり笑いあった。

「お姉ちゃん、お父さんのお葬式で笑ってしまったこと、覚えてる?」

月子は覚えていた。寺の本堂で行われた法要で、皆正座していた。妹と二人並んで正座すると、黒一色の弔問客の中で、ちょうど前に座った男性が白い五本指ソックスを履いていて、ムシクイのような小さな穴から足の指が見えていた。

妹が目配せして忍び笑いするので、その笑いが伝染して笑いが止まらなくなった。二人して肩を震わせながら笑いを堪えるのに必死だった。出棺の時は二人ともオイオイ泣いたが。

月子には、もう一つ笑いに関して、忘れられない思い出がある。それは、自分の結婚式の厳かな場面で笑いが込み上げてしまったこと。ホテルに設えられた神殿での神前結婚式で、鳥のように着飾った友人や親戚たちが皆神妙な顔をしていた。

「神主さんのビジュアルってそれだけで笑えるでしょ? 神主さんが、甲の前が丸く盛り上がった木でできたぽっこりみたいな靴を履いてホテルの神殿の部屋に登場したでしょ。それと烏帽子っていうの? 被ってて。参列した人は、みんな真面目で神妙な面持ちで。それを高砂席で見てる私はなぜか笑いのツボに入っちゃって。お腹の腹筋を使うわ、唇歪むわで大変だった」

「逆に、神主さんが履き替えるの忘れてスニーカーとか履いてたらもっと笑うわ」

「ちょっと待って、腹筋が……。あんまり面白いこと言ったら、今また笑いのスイッチ入っちゃう」

「それ、一種の発作よ。真剣な場面で笑いが止まらなくなる。えーと、何だっけ、失笑恐怖症とかなんとか」

と姉が言う。

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