第一章 東京 赤い車の女

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登りきると平らな砂利道に出る。少し広くなっていて、もう森の中ではなかった。

ここから木陰の中を右に進めば、弓道場を経て古風なレンガ造りの総合図書館の横に出る。左に行けば運動場から上って来る坂道の途中に出て、七徳堂に突き当たる。

僕が左に折れて七徳堂の方に向かうと、ユミは黙ってついてきた。久しぶりに七徳堂を見てみよう。それから図書館に行って、正面の大階段に二人で座ってみよう、と思う。

左に進むと木立はなくなり、舗装の坂道に出た。剣道の掛け声が聞こえてくる。正面に武道場がある、これが七徳堂だ。御殿造りの立派な建物の屋根はもちろん瓦だ。一階は灰白色の石造り、二階から上はおそらくコンクリート製、淡い黄土色をしている。

近づくと、入り口の右側に焦げ茶色の木板に白字で「東大剣道部」と書かれた看板が掛けてある。縦に細長いガラス窓は全部開いていて、所々に剣道着が干してあった。二階から上には三層の高窓があり、最下層の窓下の前の棚に、面、胴、前垂れ、小手が何組も干してある。

さらに近づいて低い階段を数段上がると、開け放たれた窓から練習風景を見ることができた。今週が最後の自主練習で、来週からシーズンオフだと同級生の赤嶺が言っていたのを思い出す。

道場の右の方では防具を付けた二人の剣士が向き合い、剣先を相手に向けてせめぎ合っている。時折、鋭い掛け声を発する。一方は甲高く、他方はドスが利いている。二人の間には剣道着だけの審判役が立っている。

左の方では、竹刀を構えて立つ一人に向かって、七、八人が竹刀を振りかざして突進することをくり返している。突進を終えるとすぐに元の位置に駆け戻り、順番を待つ。そしてまた突進。

その中に赤嶺を見つけた。防具で固めた身を屈めて喘いでいる。順番が来ると竹刀を構え、甲高い声を発し、覚悟を決めたかのように突進する。竹刀を振り上げては振り下ろすを執拗にくり返す。辺り一帯に異様な緊張感が漲っていて、まるで永遠に終わらない修行のようだ。

「剣道はあんまり好きじゃない」と、一緒に階段を上がってきたユミが小さな声で言う。

僕は好きだ、自分でもやってみたいと思うほどに。剣道部の友人は何人かいるが、皆、単純で晴れ晴れとした青春を謳歌しているように見える。

その一人が赤嶺だ。笑顔を絶やさず、いつも朴訥な栃木弁で優しいことを言う。ところがその彼のおかげで、というか、彼のせいで、僕はどうしても一人旅に出たくなることになったのだった。

図書館に行ってみよう、と僕が言い、ユミがうなずく。低い石の階段を降りると、

「気合を入れる声が好きになれないの」と言って僕を見た。

「悲壮感があって気持ち悪い」