我輩は、それこそ、目を見張った。二十メートルほどの距離を置いて、坂〇泉水が、気品のある、美しく長い髪を微風になびかせ、薄いグレイのジャケットとスカート、黒いパンプスとバッグ姿で歩いちょる。

我輩は幻覚など見たことない。一度もない。他界したはずのあの子が、坂〇泉水が歩いちょる。我輩は気が狂ってしもうたのかの。

「目の前を歩いちょる、あの女性、今、話題にしていた、坂〇泉水に似とるのう。お主にも見えるかの?」

「新潟にはもったいない逸材ですね。あ、もう行っちゃった」

「この辺のオフィスビルに勤務してる可能性はあるのう。我輩は生きがいを見つけられそうじゃ」

「ヤラシーこと考えてんでしょ」

「やらしくはない。我輩は恋をしたみたいじゃ」

「恋をするのもいいけど、大人さんは自分のルックスをもう一度、吟味したらどう? 無理があるよ。大人さんが相手にされるわけないじゃん」

「お主! 言ってよいことと悪いことがあるぞ!」

「自分を過大評価してるよね」

「黙れ、この無礼者!」

我輩の燃える恋に水を差す男、それが安住隆史じゃ。マジでムカつくのじゃ。言ってよいことと悪いことの線引きがなってない。親はどういう躾をしてきたのかの。

我輩は、ふと、足元を見た。短足なうえ、ずぼらに太い。素足にサンダル履いて汚れたスエットパンツ。美しい女性をゲットするなど、可能性はまず、ない。

じゃがの、亡くなった我輩の母ちゃんは、身も心も聡明な方じゃった。理想が自分の母ちゃんという男性は少なくない。

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