「名前は沢田華絵(はなえ)というらしいが私は本人の聴取に立ち会っておらず、大陸からの引き揚げ者の一家の娘だ、ということ以外はよく知りません。素行の悪い女だそうで、米軍キャンプに出入りしてパンパンをしていたとかいう噂もあったそうです」

「そんな女の為に正次が父親殺しをしたと言うんですか?」

「そりゃ何とも言えません。よっぽどやり手の玉だったのかも知れませんな」

巡査部長は嫌な笑い方をした。明らかに小さな町の財産家のスキャンダルを楽しんでいる風である。

掛川はもう一つの事件、神林の親戚の高橋左右吉の死について尋ねた。だが巡査部長は、事件は単純明快でさしたる疑念を差し挟む余地はないと言った。田辺が放火事件で忙しい警部補の代わりに現場検証したので確かだ。

左右吉が死んだと思われるのは火事から十日後の十一月十五日の夜のことだった。翌日の昼、畑の持ち主の通報で田辺たちは現場に駆け付けた。その前夜に雪が降り積もっていた。

神林の妻のまたいとこ、高橋左右吉は明らかに酔っぱらって、明かりも何もない夜の畑の畦道を歩いていて、おそらく足を踏み外して倒れ、そのまま畑の中で目を覚まさずに凍死した。不審死を思わせるものは何もなかった。

だが掛川が更に詳しく事件の状況を聞こうとすると田辺はいかにも面倒臭そうに、「余りにも単純な事件だったので、左右吉が死んだ夜の前後の彼の動向に関する周囲の聞き取りは詳しくしていない。今更いろいろ聞かれてもね……死体の写真は一応撮ったが事故死以外の可能性は考慮に入れなかった」と言った。