第1章 ヒト生体の情報処理

3 受容器官

眼球は素早い

眼の筋肉は、何種類かの運動によって、形態視、動体視、立体視、位置同定などの機能をはたしている[杉江昇、大西昇,2001][福田忠彦,1995]。

表:眼球の運動

ヒトは、一瞬で、随意的に中心視野を動かす。ヒトがあるものに注目するとき、それに対する手足の動作を起こす前に、眼はすでにそれを見ている。眼はほかのどの効果器と比較しても、およそ半分の時間で反応する[Karn,2003]。

これが、後に見ていくが、コンピュータの時代にある誤解を生んでいく。眼を使って、対象選択や位置指定をコンピュータに指示すればいいという考えである。これは、受容器官である眼を、本来の機能ではない効果器として利用するということだ。この考えが、ある時期の視線追跡デバイスメーカーに、支配的であった。視線をそれだけで独立して見るから、速度という物理的な側面にのみ注目してしまったか。視線は、ほかのヒトや物体との関係の中で、注目対象を示すことこそ利用すべき点である。注目された対象が何かは、アプリを組む上で大きな付加情報となる。

素早く文字を読み取る

ヒトの視覚は、神経の高速並列処理と機敏な眼球筋肉のおかげで、言語認知でも高性能を示す。

情報の最小単位をビットという。ヒトの注目視野は、20から30ビットを一度に把握できるといわれる。これはアルファベットなら5文字、ひらがなは4文字、漢字では2文字に相当する[福田忠彦,1995]。

また、ヒトは読み取りの場合、英語では一度に、15文字を読み進むという。先頭の1から7文字で意味を取り、次の8から15文字は周辺視野でみる、あるいは予測する[スーザン・ワインチェンク,2012]。

ヒトは、聞き取りで1分間に160語ほど、読み取りでは1分間に300語ほどを吸収できる。音は時系列なので、聞き取りは逐次処理しないといけない。

視覚は空間的に記憶できる

動物は、餌の場所や住すみか処をめぐって行動する。そのために、周囲の空間と自身を関連付けるための空間記憶がある[上村朋子,2018]。

耳で聞いたことは、時間の中にあって消え去る。しかし、空間的なものは見て繰り返し確認できる。それが記憶保持を助ける。

例えば、あなたには次のような経験がないだろうか?

⃝色分けした表紙のファイルを見て、どのファイルがどの内容のファイルだったか分かる。

⃝ある事柄が、厚みのある本の中でも、どのあたりのページの、どのあたりに書いてあったか覚えている。

⃝机の上に、いくつも書類が乱雑に積み重なって置かれているが、どこに何があるか思い出すことができる。