第二章 片倉小十郎重綱の使命

「戦の後には気の病にかかる者が何人か出るのっしゃねえ」

いつか誰かが言っていた。だがこの儂が、まさか今さら戦の後の気の病に取りつかれるわけがない。儂のは気の病ではなかった。そんな女々しい男ではない。儂のは違う。

そうだ、戦のようにはっきりした目的のない暮らしに馴染めないのだ。では聞こう、心の底の姿のない声が問うた。

「このたびの戦の目的は何だったのだ。手柄をあげることだったのか」

手柄か、……否定できぬな。

大坂の陣は、平安な世を作るためだったと、ひとは公方さまに成り代わったようなことを言う。儂は黙ってあごを引くだけだが、そんなとき思うことは、民百姓ならいざ知らず武士たちもみな、戦のない安穏な世の中にするために、そのためだけに命をかけたのか、ということだ。

儂はおのれの心に問うてみる。そんなことは考えていなかった。それが真実だ。伊達陸奥守さまのため、仙台藩のため、片倉家のため、そしておのれの出世のためだけのために、命をかけてきたのだ。儂は天下泰平のことを考えたことがあったろうか。

……ないな。

殿さまが元気を取り戻された、と村上のずんつぁまの眉根が広がったようだった。今年七十歳になるずんつぁまは、わずかに残った白髪を丁寧になでつけて、小さなまげを作っている。

城には同じ年恰好の年寄りがもう一人いる。年下の鈴木清之進は区別してずんつぁん(爺さん)と呼ばれている。

そのずんつぁまが、平たくなったところから首だけを上げて口を開いた。

「殿さま、時薬(ときぐすり)でござりすよ。気力が落ちても時が来たれば戻りす。そこで相談でがすが、戦で死んだ者を、敵味方なく共に供養してはいかがでがすぺ。死者の魂を鎮めるということは大事でがすと」

「なるほど。敵味方を問わず……」

ずんつぁまのせがれも戦死している。だが、今ずんつぁまの頭に、せがれのことはない。それが儂には痛いほどに分かる。

ずんつぁまはここで儂の心にひと区切りつけさせたいと思っているのだ。

「お家の梵鐘の馬印のとおりでござりす。敵味方なく戦死者の霊を慰める、と。殿さまがあの世さ送った首級の持ち主も、今頃になって居心地悪くなってるんでねえべか。何しろ首がなくなってるんだからっしゃ」

「今頃気づいて、儂にたたろうというのか……」

「いやいや、そこまで大げさではござりせんが……」