伊豆の御社(おやしろ)
ボクの家は海から一山越えた丘の中腹にある住宅街の一画にある。住宅街とはいっても区画整理と整地を終えたばかりの空き地の目立つ山とミカン畑と野菜畑と、そして、新興の住宅街がごちゃ混ぜになった居住域で、昔ながらの山村の風景と新興住宅街の気忙しさが無理なく共存している。
その付近には手つかずの山や林や竹藪がまだあって、さほど街中でもないし、過疎の田舎でもないから煩わしい近所付き合いがあるわけでもなく、だからといって隣人にひどく冷淡なわけでもなく、皆、ほど良い距離感を保ちながら日々のつましい生活を営んでいる。
ここに越してきたばかりのころは、まだ呑み込めていない土地の様子を探索するようによく歩いた。家を出てすぐの緩い坂道を左手に折れて上ると、道は丘の頂上に通じる細い坂道に分岐する。曲がりくねったその坂道を辿ると小高い丘の頂上に着く。と、そこからは相模湾が眼下に見渡せる。
空気の澄んだ日には左手に三浦半島、右手に伊豆半島がその突端まで淡い紫色のシルエットを浮かび上がらせ、晴れた日には三浦半島の手前に江の島が、熱海沖には新島が、遠目に沖の伊豆大島まで見渡すことが出来る。
右手には真鶴半島が青い稜線を描いて箱根連山に繋がり、その右手には丹沢山系が連なる。その奥には雄大な富士山がそびえて、その頂上からは長い裾野が緩やかにほぼシンメトリーに広がっている。
その丘に通じる坂道に入る少し手前に狭くて急な上り坂がある。普通に歩いていると気づかずに通り過ぎそうなほど細く目立たない急坂で、コンクリートを荒く打っただけの安普請はどこかの家の私道のようにも見えるから、うっかりすると見落としてしまう。
どこに通じるのかわからないその急坂を二十メートルほど上ると、道は二股に分かれる。右に行くと道の右手には四~五軒の家があって、道はそのどこかの家の敷地内にうやむやに紛れ込んで消えてしまう。
左はもう道とはいえないほど狭い農道で、その道を辿ると、ところどころひび割れた粗末なコンクリートの普請が突然途絶えて、道は行き止まりになり、その先に小さなミカン畑が現れる。