6│研究の集大成 ~アメリカ、オレゴン州へ渡る
2002年に、バーカーは、サウザンプトン大学MRC unit のディレクターを、教え子のクーパー(Cyrus Cooper)に譲り、退職しました。
その後、彼はアメリカへ渡り、かねてからのリサーチ分野である胎盤研究に従事しました。オレゴン健康科学大学(Oregon Health & Science University、OHSU)のケント・ソーンバーグ(Kent Thornburg)は生理学、薬理学教授で、1988 年にイタリアの研究会で知り合った仲でした。
彼らは、胎盤が胎児プログラミングでどのような役割を持っているか、興味を抱いていました。バーカーは、ここで 客員教授として、アメリカはもとよりヨーロッパ、アジアの研究者たちとのネットワークを作り、充実した研究環境を築きました。
数多くの学会から表彰され、世界中の研究者と親交を結んだバーカーは、2013年8月27日に脳出血で死亡しました。
75歳という年齢はまだ若く、惜しまれる死ですが、彼の研究を献身的に支えた妻、8人の子どもたち、13人の孫たちに囲まれた充実した人生でした。
彼の死に際して出されたザ・ガーディアン紙の訃報の一部は、本章の冒頭に示したものです。
バーカーの娘メアリーは、 研究者として、同僚として、指導者としての父親をこよなく敬愛していました。 メアリーは、バーカーの業績を偲ぶ論文の最後に、次のように述べています。(注6
バーカーの発見は、新しい研究分野を拓き、世界の科学界に大きな影響を与えました。晩年の活動目標は、彼の学問研究をどうすれば一般の人々に理解してもらうかということでした。
特に、思春期の女性、妊婦、そして乳児の健康と栄養を改善することに尽力しました。彼は、最近の人々の健康状態は悪化しており、世界中に蔓延する慢性病を根絶する新たなアプローチが必要だと強く認識していました。
そのためには、若い女性の栄養を改善することこそ、新たなる公衆衛生の最重要政策であるべきだと考えました。
2013年、サウザンプトンの研究所の記念式典で、バーカーが行ったスピーチの一節を紹介します。
「私たちの次の世代は、もはや心臓病で苦しむ必要はありません。この病気はヒトの遺伝子で起こるものではありません。この病気は百年前には、極めて稀なものでした。今、蔓延しているこの病気は、食生活の改善で完全に予防できるものです。もし、我々がそうしたいと真摯に思うなら」
(注1 Barker DJP, et al. Fetal origins of adult disease : strength of effects and biological basis. IJE 2002; 31: 1235-1239
(注2 Stein CE, et al. Fetal growth and coronary heart disease in south India.Lancet 1996; 348: 1269-1273
(注3 Roseboom TJ, et al. Effects of prenatal exposure to the Dutch famine on adult disease in later life: an overview. Molecular and Cellular Endocrinology. 2001; 185: 93-98
(注4 Roseboom T, et al. The Dutch famine and its long-term consequences for adult health. Early Hum Dev 2006; 82: 485-491
(注5 Hales CN and Barker DJP. Type 2 (non-insulin-dependent) diabetes mellitus: the thrifty phenotype hypothesis. Diabetologia 1992; 35: 595-601
(注6 Hales CN, Barker DJP. The thrifty phenotype hypothesis:Type 2 diabetes. Br Med Bull 2001; 60: 5-20
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