アザレアに喝采を
Ⅰ 節制
栞が踵の高い靴を履くと、二人の身長差があまりなくなることを除けば、小島の方が栞に夢中だったことで二人の付き合いは学生にしては長い間上手くいっていた。
小島はクリスマスが近づくと、都心にある高層ホテルのメインダイニングを早くから予約していた。それを聞かされた栞は、嬉しいよりも何を着ていけばいいのだろうとおじけづいてしまった。ホテルのメインダイニングでのクリスマスディナーが、まだ学生の二人にとっては、どんなに贅沢なものであるかをよく知っていたからだ。
「せっかくのクリスマスなんだし、いいじゃん、行こうよ。バイト代入ったしさ。大丈夫だって。栞ちゃん、夜景の見えるレストランに行ってみたいって言ってたでしょ」
「うん、そうだけど。本当に私たちがそんなレストランに行って大丈夫なのかしら。でもそれなら、私、服も靴もコートもぜ〜んぶ新しく買わなきゃね、やっぱり、なんだか楽しみになってきたわ」
「今度一緒に買い物に行こうよ、俺も新しいジャケット欲しいしさ」
クリスマスのその日、ホテルの高層階にあるメインダイニングのレストランからは、キラキラ輝くビル群の美しい夜景が一望できた。
「わぁ、なんて綺麗……」
よく晴れた冬の夜で、煌めく都会の摩天楼は息をのむほど美しく、初めて目にする景色に栞はいつまでも見とれてしまう。何もかもが贅沢な造りの店内には、上質のカーペットが敷き詰められ、静かにピアノの生演奏が行われていた。
キャンドルの灯されたテーブルには、銀製のカトラリーが厚手のテーブルクロスの上にいくつもセッティングされている。栞には全てが目新しく、大人の世界に足を踏み入れたような気がした。
精一杯お洒落をしてきたはずだったが、今夜のために選んだ紺色のワンピースの襟元には可愛らしいレースが施されていることと、足首のところでリボンを結ぶデザインのパンプスが、どうにも子供っぽく思えて落ち着かなかった。
緊張した面持ちの栞に普段通り優しく話しかける小島は、新調したばかりのジャケット姿もさまになっている。
「栞ちゃん、飲み物はどうしようか? ソフトドリンクにしておく? それともワインでも飲んじゃう?」
「何これ! 見て! グラスワインよりオレンジジュースの方が高いよ」
ドリンクメニューを指さして、栞はつい、いつもの調子になってしまう。
「本物のオレンジを使っているからじゃないかなぁ、きっと特別美味しいオレンジジュースなんだよ」
「ふうん、なんだかおかしいわよね、じゃあさ、グラスワインならそんなに高くないから、それで乾杯しましょうよ」
レストランでは背伸びして振る舞わなければならなかったが、栞にとって小島は頑張らなくても楽に一緒にいられる相手だった。
初めて食べたフォアグラの味は美味しいかどうかもよく分からなかったにしても、栞を喜ばせようとあれこれ考えてくれる小島は栞にとって大切な恋人であった。