第1章 美沙と慶子

そして、酒盛りが始まった。二人は付き合い始めてもう四年になり、できればそろそろ結婚したいなどと、女性にまるで縁がない祐介を前にのろけを語った。祐介は、それは目出度いことだなどと言葉を返して、ビールや日本酒を二人にどんどん勧めた。

祐介は、最初のうちは終電で帰ろうと心に決めていた。しかし、酒が進むうちに横になってしまい、そのまま座敷に寝込んでしまった。

ふと目を覚ますと、襖が半開きになったままの薄暗い隣の寝室から、荒い息づかいが聞こえてきた。仄(ほの)かに白い二つの影が重なり合って、波のように揺らめいているのが見えた。祐介は寝返りを打って再び目をつぶった。

安田が美沙を名前で呼ぶようになってから一月(ひとつき)ほどが経っていた。安田が祐介の住む荻窪(おぎくぼ)の四畳半の襤褸(ぼろ)アパートを訪ねてきた。話は、慶子と別れたいのだが、どう切り出したらよいのか分からないので祐介に知恵を貸して欲しいと言うのだ。

あまりに身勝手な話に祐介は、俺の知ったことじゃないと言いたいところだったが、幸せそうにキッチンに立っていた慶子の姿がふと頭に浮かび、話を聞かない訳にもいかなくなった。

「上手(うま)い別れ方なんて有るはずないだろうが。それより、慶子さんと何とか上手くやっていく気ないのか?」

最近の安田の浮かれた様子を見ていて、答えは分かっていたが一応そう言ってみた。

「ここんとこ、慶子と電話するたび気が重いんだ。これって倦怠期(けんたいき)ってことかな?」

本当かと祐介が疑いの眼(まなこ)を向けると、安田はニヤニヤしながらすぐさま反応した。

「美沙と上手くやっていくには、この辺でキッチリけじめを付けておかないとな。もう俺の頭ん中は、美沙のことでいっぱいなんだ」

そう言って安田は、両手で髪の毛をボリボリ掻き毟(むし)った。救いようのない答えだった。