祐介は、ほんの一月(ひとつき)ほど前の安田と慶子との親しいやりとりを思い返すと、人の気持ちがこんなにも短期間で変わるものかと、俄(にわか)には信じられないでいた。
二人で愛を育んできたはずの四年間は何だったのだろう。慶子に対する良心の呵責(かしゃく)などというものは、これっぽっちもないのだろうか。
「そこで、お前に頼みが有るんだが」と、安田は切り出してきた。嫌な予感がした。
「前に三人で行ったことがある歌舞伎町のパブに慶子を誘ってくれないか。金は俺が持つ。慶子もお前のことは悪く思っていない。たぶん、そのうちお前に慶子から相談の電話がかかって来るはずだ」
安田は、ここのところ慶子に対し素っ気なく振る舞っているという。会ってもホテルに誘うこともせず、前は三日に一度くらい会っていたのに、バイトが忙しいなどと言って、もう十日以上も会っていないという。そろそろ慶子も安田の異変を感じ始めているだろうとのことだった。
「最近、紹介した友達はお前くらいのものだから、必ず電話があるはずだ」
祐介は、この確信めいた安田の口ぶりが気に障った。別れ話を自分に代弁してもらおうとでも安田は考えているのかと、その時までは思っていた。
「お前と慶子がパブで二人きりで話をしている所に、俺は突然踏み込む。俺に内緒で、いつからお前ら付き合っていたんだと言う寸法だ」
それを別れの口実にすると平然とぬかすので、祐介は愕然とした。別れ話の智恵を貸して欲しいどころではない。すでにストーリーまで出来上がっているではないか。
安田は、それがお互い傷つかずに済ます最良の方法だとヌケヌケと言い放った。傷つかないはずはないだろう。四年も付き合ってきた慶子に対して、思いやりの一欠片(ひとかけら)さえも安田の言葉には感じられなかった。
こういう芝居を打ってまで別れたがっている安田の気持ちを慶子が知ったら、どんなに心が打ちひしがれるだろうと祐介は思った。これは安田が慶子から罵(ののし)られずに済む最良の方法なのだ。
【前回の記事を読む】結ばれなかった彼女、自分を選ばなかったことへの後悔はないのだろうかと今更ながら…