第1章 幼い日の思い出
6 祭りの日の思い出
赤痢や疫痢のうわさが、あちこちで聞かれたころの事、父や母の心配は一通りではなかったのだろう。以後、勝手にアイスクリームを食べる事は、固く禁じられてしまった。
アイスクリーム事件があってから、何年か経っての夏祭りの日。祭りの事とて、昼間からお酒が入って上機嫌の父が、私と弟を「祭りに行こう」と誘った。
「わーい」私たちは小おどりをして喜んだ。父が一緒だと、何でも買ってもらえる。私と弟は、いそいそと父に従った。
祭ばやしがいやが上にも心を浮き立たせ、道の両側の出店には、珍しいものが一杯並んでいる。店の前に立ち止まりかけると父は、「お宮さんに、お参りしてから」と、どんどん先へ行く。おさい銭を上げ、神妙に手を合わせ、お参りをすませて神社の境内を出てからも、父の歩調は変わらない。
「おとうちゃん、あれ買うて」「おとうちゃん、これ……」と言っても、「もう少し向こうに、もっと良いものがある」と言って一向に立ち止まってくれる気配がない。そんなに行くと、もう出店は無くなってしまうのに……。
案の定、出店を外れると、急に人波が途絶え、祭りのざわめきが遠のいた。まだ何も買ってもらっていない。「何処まで行くのかな」私と弟は顔を見合わせた。
少し行くと街角に、少ししゃれた喫茶店があった。父は扉を押して中へ入った。仕方なく私たちもついて入る。店内は、すいていた。父は何か注文をした。しばらくして、ウェイトレスが何だか値段の高そうなものを、テーブルに運んで来た。
父は「出店のものよりずっと上等だ」と、上機嫌で私たちにすすめた。私は何か無性に腹立たしく、口に入れても、少しもおいしいとは思わなかった。
喫茶店を出てから、私の同級生のお家(うち)の写真館に入った。父が、ひじかけ椅子(いす)に座り、私と弟が、その傍に立って写した。
ほろ酔い加減で上機嫌な父と、少しむくれた私と、くそ真面目な顔をした弟の写っている写真が、今でも実家のアルバムに残っているはずである。
7 遠い日の記憶
夕暮れ時
夕方になると、薄暗くなりかけた街に家々の電灯が一斉に灯(とも)った。それはまるで、昼から夜に移り変わる合図のようでもあった。