第二章 フィルダース・チョイス

僕は高校に入学した。入学と同時に、野球部に入部、甲子園大会で五連覇を達成した。ついでに国体も神宮大会も優勝。

その年のドラフトでビッグ・キャッツから一位指名を受けて、プロ野球選手になった。あらゆるタイトルを独り占めし、ビッグ・キャッツを何度も日本一にした。そして、海を渡り、ニューヨーカーズに入団、世界一となった。

というのは真っ赤な嘘で、本当なのは高校に入学した、ということだけだ。中学生まであんなに熱心に打ち込んでいた野球から、結局僕は離れてしまった。

怪我をしたり、野球に挫折した、というわけではない。全ての物事には理由がある。

快活で行動力に満ちた母が、まだ三十代後半という若さで、突然癌になってしまったんだ。母もいろいろあったんだろうけど、家庭を捨てて、好きな男と逃げてしまった。

もちろん父にも、問題がなかったわけじゃない。朗らかで天性の楽天家で仕事好きの父は、母の病気が発覚した後、現実逃避もあったのだろう。前にもまして家には戻らず、ますます職場に入り浸るようになっていた。つまり、首の皮一枚でつながっていた僕の家は、母の発病で、簡単に崩壊してしまったんだ。

一度だけ僕は、母が男と住んでいる隠れ家に行ったことがある。そこは昔から所有していた温泉地にある別荘で、何度か僕も訪れたことのある静かな場所だ。もちろん誰かが教えてくれたわけじゃない。でも病身であるはずの母が、そんなに遠くに行けるはずがない。

きっと、そこにいると僕は確信していた。

「帰ってきてほしい」僕は母にそれだけを伝えたかった。いや、ただ会いたかっただけかもしれない。一人で切符を買い、誰にも言わずに列車に乗った。