第1章 渚にて
生体から切り取った細胞にはDNAの量がわずかしかなく、感染力のある分子的な複製にするためには、充分な量のDNAを確保して合成し、完全な長さにする必要があり、シルバーマンとその共同研究者たちは異なる患者から採取した細胞から取り出したウイルスを使い合成せざるを得なかったのだ。
複雑なことに遺伝子の安定性という問題がある。
どういうことかというと、人間とチンパンジーとの間には遺伝子レベルで99パーセントの類似性があるが、この2つは全く異なる生物だ。しかしながらレトロウイルスの逆転写酵素はエラー率が高い。その結果ウイルスの世界では遺伝子に大きな差異が生じる。
レトロウイルスにおいてはその遺伝子情報の差異が10パーセントまでなら同じレトロウイルスの系統に分類される。異なる系統、分岐によりエイズとかヒトT型白血病などに分けられる。
シルバーマンとその同僚がやったことは、3名の異なる患者から生体組織を採取してDNAを取り、フランケンシュタインを創るように継ぎ合わせて感染性のある分子の複製を造り上げ、マウス白血病ウイルスと呼んだのだ。
実際に人間から自然のマウス白血病ウイルスを最初に分離したのは、サイエンス誌に公表したとおり私たちだった。シルバーマンの縫い合わせたような怪物フランケンシュタイン的マウス白血病ウイルスの複製は、自然界に存在したことがない物であり、VP62という名称が与えられた。
シルバーマンは3つの異なる生体組織から感染性のある分子の複製を創り出したとは2011年の6月になるまで言わなかった。私たちが理解できなかったすべてのデータの結論を彼はごまかしきれず、フランクに対し自己の誤りを認めただけで、サイエンス誌からの論文撤回は断固として拒否した。しかしその後彼のごまかしがばれる結果となった。
シルバーマンが2006年にしたことを世界に白状しなかった事実は重大な犯罪だと私は考える。それ故に、彼は科学の世界から追放されるべきだと思う。
あれはミスではなかった。
彼は重要な事実を秘密にした。