第一章 日本近代文学の出発点に存在した学校と学歴――東京大学卒の坪内逍遙と東京外国語学校中退の二葉亭四迷
第二節 二葉亭四迷
■『其面影(そのおもかげ)』に見る学校
さて、二葉亭四迷は『浮雲』(明治二〇~二二年)を未完のままで放擲(ほうてき)した後、しばらく小説を書きませんでした。『浮雲』から二〇年近くを経た明治三九年(一九〇六年)、久しぶりに新聞連載の形で発表したのが『其面影』です。
最初にこの小説の筋書きを簡単に説明しておきましょう。
中年の大学講師である小野哲也は、若いときに学資を出してくれた家の婿養子となっていますが、家では妻の時子や義母とうまく行っておらず、子供もいません。
家には他に、故人である義父が小間使いに生ませた小夜子が住んでいます。小夜子は時子より年下なので、腹違いの妹ということになる。小夜子は一度他家に嫁いだのですが、夫が若死にしてしまったため、実家に戻っているのです。
美貌で知性もあり情にも厚い小夜子に哲也は惹かれています。それがまた義母や妻の気分を損ねて、家の雰囲気が悪くなる原因ともなっている。
小夜子は英語に堪能なので、裕福な家に住み込みで家庭教師として勤務しないかという話を、哲也の友人である実業家の葉村が持ってくるのですが、その家の主人は好色家で有名で、結局小夜子も危ない目にあってまた実家に戻ってしまいます。
しかし実家にはいづらい身の上ですから、結局は千葉のキリスト教関係の知人からの誘いを受けて実家を出るのですが、哲也が後を追ってきて、結局二人は東京市内でひそかに同居する身となります。
けれどもそれも妻や義母の知るところとなり、結局小夜子は身を引いて行方不明になってしまい、哲也は中国(清)で教師をやらないかという誘いを受けて日本を離れるものの、小夜子を忘れられず、やがて消息不明になってしまうのです。
さて、この小説で学校や学歴はどのように記述されているでしょうか。結論から言ってしまうと、『浮雲』に比べてはるかに具体的になっているのです。
まず、主人公の哲也から見ていきましょう。冒頭近くから、「神田の某私立大学の赤煉瓦の門を(…)這入(はい)って行く(…)其処(そこ)の講師」と職業が明記されています。