第一章
トゥルルル……トゥルルル。
スマートフォンが呼び出し音を発している。留守電にも切り替わらず呼び出し音が10回を超える。
寝てるのかな、そう思って一瞬切ろうかとしたとき、ガサゴソとしたノイズとともに耳慣れた声が聞こえてきた。
「も、もしもし……あ……」
「なに慌ててるんだよ。もしかしてカノジョと取り込み中だったか?」
「い、いえ、カノジョなんかいませんよ。出ようとしたらスマホ落としちゃって。大丈夫です。こんなに早くからどうしたんですか?」
「なに寝ぼけてるんだ。もう11時だぞ。早くないと思うけどな」
「あ、ホントだ。すいません。明け方まで仕事してたもんで」
「忙しいんだな」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。夕べ、つまんないことで手こずっちゃって」
「トラブルか?」
「でも、もう解決しました」
「よかった。仕事を手伝ってくれないか?」
「お、仕事ですか。待ってました。最近パッとしない仕事ばかりでクサクサしてたんですよ」
それまでの眠そうな声から一転して、いつの間にか声が弾んでいる。
「それで、クライアントはどこですか? S社、M社、それとも…」
「いや、そんなメジャーな会社じゃない。和菓子屋だ」
「和菓子屋ですか、シブいっすね」
「それがな、ちょっと妙なんだ」
「なんですか、妙って……」
「一応、仕事なんだが……いまから来れるか?」
「はい。大丈夫です」
「詳しいことは来てから話す」
電話を切ると葛城光一(かつらぎこういち)は、ひとつため息をついた。啓二 (けいじ)のやつまた徹夜か。ウェッブデザイナーってやつは因果な仕事だな、と思った。