第一章 東京 赤い車の女

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車に余計な装飾品は見当たらない。座席カバーなどはもちろんなくて、黒のレザーシートは少し擦り切れた感じがする。でも、ティッシュケースや香り箱などはちゃんと置いてあって、しかもピンクの秋桜のレースカバーが被せてあるのだ。女子とはまるで子犬みたいなものだなと、僕は思ったりもする。

しかし、初日に喫茶店で打ち合わせをした時以外、ユミはやけにツンとして余計なおしゃべりはしなかった。皆、金が欲しくて来ているのに、自分だけ別の事をしに来ているような、そんな感じだった。

あと一週間ちょっとで終わりという時期の水曜日、いつものように外苑前の営業所に八時半前に到着すると、ユミが車の前で待っていた。いつもなら中に入って談話室でお茶を飲んだり、テーブルに山積された菓子類をつまんだりして僕らを待っているのに。

「おはよう」と僕が言うと、「二人が駆け落ちしたかも」とユミが変なことを言う。イチヘイとサキコさんから事務所に電話があって、「今日は行けない」と同じことを言ったらしい。

「電話は二人一緒にかけてきたの?」と僕は訊いた。別々にかけてきたらしい。

「さっき、駆け落ちって言った?」

念のため訊き直す。

「いくら何でもそれはないと思うよ」と言いながらドアを開け、ユミと一緒に中に入る。